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2.介抱
そのうちズイと距離を狭められたかと思えば、額にペタりと掌を当てられてしまう。
もうそれだけで火を噴くほどの恥ずかしさだが、それだけではよく分からないと更に顔を近付け、終いにはおでこをくっつけてきたのである。
な、なに考えてんだよいきなりっ……、こ、こんなとこで、なんでっ……。
アワアワと動揺を隠しきれない心は知らず、彼は至って自分の調子を崩さず向かい合い、重ねたおでこから何かを得ようとしている。
「……お前、どんどん熱上がってるぞ」
「ち、ちがっ……、それは……」
すごく照れているからなのだけれど、風邪でも引いてんじゃないのかコイツと、彼は勝手に思いを巡らせてしまう。
慌てふためく此方を余所に、端から見ると綺麗な男同士額を突き合わせながら愛でも囁き合っているようにしか見えない二人は、柔らかな陽射しの下ベンチで向き合っている。
どうやら公園の片隅であるらしく、涼やかな風に早く顔の火照りを持って行ってくれと願いながら、そういえばまだ礼を述べていなかったことにここで気が付く。
「あっ……、その、さっきは……、ありがとう、ございました」
「……別に、気にするな」
「でも……」
「ただ、お前ちょっと熱あるみてえだし、よく休んだほうがいいかもな」
「……」
特に熱が出ているわけではなく、綺麗な青年に突然迫られて額を重ね合い、至近距離で声を掛けられては誰だって体温が上がると思う。
けれどもそういった可能性を露ほども感じていない彼は、ようやく額から離れると此方を見つめ、改めて端正な顔立ちを惜しげもなく眼前に晒してくる。
うわ……、すげえ美人……。
同性に使うような表現ではないこと位、十分過ぎるほどに分かっていたのだけれど、他に上手く言い表せる言葉が見つからない。
何処からどう見ても男であるし、均整のとれた身体つきをしているのだけれど、少し中性的で艶を湛える顔立ちから視線を逸らせず、こんなヤツいるんだと妙に感心してしまった。
互いに相手を綺麗なヤツだと思いながらも、自分のことは特に、いやなんとも感じていないのだから空回りもいいところである。
「ところでお前、名前は……?」
「……響。高久 響」
「そうか……、いい名前だな」
「アンタは……?」
「俺は……、芦谷……、咲」
「……可愛い名前だな」
「うるせえ……」
素直な感想を述べたのだけれど、どうやらお気に召さなかったらしく、ボソりと紡いで視線を逸らすと立ち上がってしまう。
「何処行くつもりだったんだ?」
「えっ……」
「送ってってやる」
「え、でも……、悪いから、いい……」
「遠慮すんな。ほら」
目的地まで送ってくれるだなんて夢にも思わず、そんなことまでさせられないと首を振るのだけれど、芦谷は淡々と口にするだけで手を差し延べてくる。
いいから早く手を取れと、そう言わんばかりに目の前へと差し出され、どうしようかと少々悩んだものの、お言葉に甘えておずおずと腕を伸ばすことにした。
「どっち行くんだ?」
「……あっち」
「あっちか」
引かれるままに立ち上がり、やはり端から見ると真っ昼間から仲睦まじ過ぎるカップルと間違えられてもおかしくはないのだけれど、そういう点には全く気付かず手を取り合い、迷子の迷子の仔猫さんを送り届けるべく歩き出す。
未だによく分からない縁ではあるけれど、こんなにも綺麗で面倒見のいい青年である。
とても良い巡り合わせ以外には有り得ないと思う。
「ここはどっちだ? 響」
「……どっちでもいい」
「どっちでもって……、お前、何処行くつもりだったんだよ」
「別に……」
しかし、送り届ける任務はなかなか、難航しそうである。
《END》
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