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第11話 恩人 視点:颯馬
颯馬が朝稽古を終えて教室に入るといつもの背中を見つけホッとする。
「おはよう」
背後から声をかけられ背中がビクッと揺れる。
「お……はよう」
振り向いた昴の手にはスマホが握られており、珍しいこともあるものだと思った。
「何だ、昴。おばさんに何か連絡か?」
「あ、えっと……」
昴は躊躇いながらも答える。
「京一さんに……ありがとうって……」
予想もしていなかった名前に思わず顔が引き攣る。
「は?京一って飛鳥の幼馴染とかいうやつだろ?何で昴に連絡何かしてくるんだ。……お前、また絡まれてるのか?」
「ち、ちがう……」
昴がきちんと否定をするということは本当に違うのだろうということは理解できたが、先日現れた飛鳥の幼馴染とやらがなぜ昴と知り合いになっているのだろうかということに納得できない。しかも昴は普段から連絡を取る相手が限られている。両親と飛鳥と颯馬、そして同じ書道部員への連絡くらいしか行わない昴がいそいそとメッセージを打ち込んでいるのが気に食わなかった。
「昴、本当に大丈夫か?昨日も休んでただろ」
「今日は俺が送ってこうか?」
そう言うと昴の顔がパっと明るくなる。昴のことをよく知らない相手なら気づかないかもしれないが、何年も見続けてきた颯馬にはすぐに嬉しいのだとわかる。再会した後、最初はこんな様子で大丈夫なのかと呆れていたが、一緒にいる時間が長くなるにつれ、昴のそういった反応が愛らしいと感じるようになった。まるで警戒心の強いうさぎを相手にしているような気持ちになってくる。
「あ……や、やっぱり大丈夫」
まさか断られるとは思っておらず驚きを隠せない。
「なんで?用事があるなら待ってるぞ?」
「きょ、今日はダメ……」
今までこんな風に昴に誘いを拒否されたことがなかった。言いようのない敗北感に見舞われる。
「わかった……」
颯馬は頷いて見せたが、心の中では自分の誘いを断るほどの理由を絶対に確かめてやろうという決意を固めただけであった。
放課後の部活は休みますと先輩に伝える。幼馴染の調子が悪いので送っていきたいと正直に伝えると呆れた顔をしていたが、いつも颯馬が電話を掛けたりメッセージを送ったりしている様子を知っているためか許可をくれた。
「おい、茅野……お前いい加減幼馴染離れはした方がいいと思うぞ」
そんなことを言われたが、2人に会いたくてここにいる颯馬にとってそれは無理な話だった。
幼稚園では自分の態度が問題になっていたようで、祖母がいつも周囲の両親が頭を下げていたことを大きくなってから知った。同じ小学校に進学する子の両親からは遠回しにどこか違うところに行かせることはできないのかと言われていたようだった。祖母がそれを両親に相談したところ、全寮制の小学校に進学させることになったのだそうだ。祖母だと甘やかしすぎて颯馬の今後のためにもこのままでは良くないという判断だったそうだ。
そうして、知り合いの1人もいない小学校に入学したが、そこでの生活はひどいものだった。横柄で乱暴な自分の態度のせいで周りから距離を置かれたり無視されたりした。それに腹が立つと暴力で何とかしようとしてしまい、すぐに学校で問題になるが寮生活であるため寮に戻っても周りは学校の生徒でどこにいても居場所がなくなっていく。それでも毎日ここから逃げ出すことは出来なくて永遠に続く地獄のように思えた。でも、その時の自分には何が悪かったのかわからず苦しんでいた時に本の間から出てきた一枚の紙を見て思い出した。それは昴が描いた絵で、ところどころ水で滲んだような跡があった。
その跡を指でなぞっていてふと、颯馬はそれが涙の跡だと気がついた。
自分が弱い立場に立って初めて昴の涙が理解できた気がして瞳から熱いものが込み上げてきた。
そして、いつもうるさかった飛鳥のことを思い出した。うるさいと思っていた言葉の中には自分に対する戒めがたくさんあった。
叩かれたら痛い。悪いことをしたら謝る。嬉しいときはありがとうと伝える。どれもきっと普通のことだったのかもしれないが、それに気が付くのが遅かった。
それからは飛鳥ならこういう時にどうするだろうかと考えて他者と接するようになった。
すると驚くほど周囲の態度は違ったものへと変わっていった。小学校の最終学年になるころには周りとも馴染めるようになってきていたため、中学もそのままエスカレーター式で上がることもできたが、颯馬は両親と祖母に頭を下げ祖母の家から地元の中学校に通うことになったのだ。2人に会って謝って、お礼をして、恩返しがしたかった。
無事に部活を休み、昴の動向を探ることにした颯馬は離れた所で昴の後を追った。
教室でスマホをいじっていたと思ったら鞄を抱えてて昇降口で靴を履き替え駅へと向かって歩き始めた。しかし、そのまま電車に乗るわけではなく駅前のビルに入っていく昴にぎょっとしてしまう。
「本当にあいつはどこ行くつもりなんだ……」
じっと様子を窺っていると、どうやらカラオケに入っていったようだった。
おそらく普通の高校生ならカラオケに行くくらい普通なのだが、昴はカラオケというものが苦手なので今までも飛鳥と一緒に2、3回行った程度なのを颯馬は知っていた。
「なにしてるのそまくん」
「うわ!?」
いきなり後ろから声を掛けられ驚いて振り返ると飛鳥がいた。
「お、お前こそ何してるんだ?部活は?」
「風邪ひいてたから今日は休めって言われてるだけでサボりじゃないからね!明日から参加するよ」
「で?そまくんは部活サボってこんなところで何してるの?」
飛鳥にそう返されぐうの音も出ないが、問われたことには返事をする。
「昴が心配で様子を見てたんだが……ここに入っていった」
やはり飛鳥も驚いたようだった。そして、飛鳥は颯馬の腕を掴む。
「僕たちも入ろう」
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