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第16話 どうするの?
飛鳥は考えていた。昴に対してひどい態度をとってしまった日のことを。
あの時は、男同士で好きあうということがイメージできなくて混乱していたし、なぜ好きでもない相手とそんなことができるのかという嫌悪感で昴の話をしっかりと聞くことができていなかったと反省をした。
でも、京一と再会して男だったからといって自分の中にある好きだという気持ちが全くなくなるのかというと、それはそれで難しいと感じてしまった。それならば、昴に伝えるべきことは「もっと自分のことを大切にして、本当に好きだと思った人と幸せになってほしい」という気持ちなのではないかと思った。
いつまでも大切な人を傷つけたままでいたくないという飛鳥の性分が、飛鳥の足を考えるよりも先に昴の家へと向かわせていた。
チャイムを鳴らすと、柔らかな女性の声で「はい」と返事があり、カメラで飛鳥の姿が見えたのか「あら、ちょっと待っていてね」という言葉が聞こえ、すぐに玄関へと出てきてくれた。
「あら、あすかちゃん。どうしたの?すばるくんは今、新しいお友達のお家に泊まりにいっているけど……」
昴の母親から思ってもいなかった事実を教えられて飛鳥は思わず固まってしまう。
「きょういちくんだったかしら……?あすかちゃんの幼馴染だって聞いたわ。この前もお電話をもらったけれどとても礼儀正しい子ね。お話も合うみたいですばるくん最近とっても嬉しそうにお話してくれるのよ」
飛鳥の心情には気づかず、そう無邪気に話す昴の母は、いじめの標的にされやすい昴のことをいつも心配していた。飛鳥や颯馬以外の人との交流が広がったことが嬉しいのだろう。
一方的に話しかけられ、なぜここに来たのかもうまく説明できずどうしようかと思っていると、不意に肩を叩かれ驚いた。
「飛鳥、こんなところで何してるんだ」
それは聞き慣れた声で、振り返るとやはり思った通りの相手がそこに立っていた。
「そまくん……」
「こんにちは、おばさん。こいつ、スマホを家に置いてきてるみたいで、連絡しても出なかったから困って探してたんです」
「あらあら、じゃあ皆で約束してたのかしら……引き止めちゃってごめんなさいね。本当に、いつもすばるくんと仲良くしてくれてありがとう」
そんなやりとりをして飛鳥は颯馬に手を引かれながら颯馬の家へとやってきた。
家にいた颯馬の祖母に軽く挨拶をして、颯馬に部屋に上がっておくように言われてそれに従う。
しばらくすると、颯馬は2人分の麦茶を持って現れる。
差し出されたグラスを受け取り、慣れ親しんだやり取りに飛鳥は少しほっとした。
「なあ、天賀谷と昴のことなんだが……」
急に切り出された話題は、飛鳥が今一番気になりつつも聞きたくないもので、胃がキュッと握られるような感覚を覚えた。
「……2人がどうかしたの?」
なるべく平静を装って返事をするが、なんとなく胸がざわざわする。
「その……あいつらたぶん」
勿体ぶった言い方に飛鳥も思わず息をのむ。
「付き合ってるんだと思う」
なんでそう思ったのかとか、勘違いじゃないかとそんな言葉が頭に浮かぶが、飛鳥自身も駅で見かけた二人の姿を見てもしかしてと思ってしまった。さらに、昴が京一の家に泊まりに行っているという現状のどこに否定できる要素があるのかわからなかった。
「も、もし嘘だと思うならこれを……」
そう言って颯馬はスマホを操作し始めたが、飛鳥はそれを制す。
「そまくんの言うことを疑ってるわけじゃないから大丈夫だよ。僕もそうなんじゃないかなって……思わなかったわけじゃないから」
飛鳥の反応が思っていたものではなかったのか、呆気にとられた颯馬は少し間抜けな表情をしていた。
「そ……そうか」
かろうじてそれだけを言葉にした颯馬はしばらく考えてから飛鳥に問いかける。
「天賀谷が昴のことを好きだったら、お前はどうするんだ?」
「どうもしないよ」
その返事ははっきりとすぐに返ってきた。
「僕の気持ちが急に変わるわけでもなければ、大切な人たちの幸せを邪魔することもできないんだからさ……」
困ったように微笑む顔があまりにも飛鳥らしくて、颯馬の胸は締め付けられるようで、それでいてなぜかドクドクと体の内側の熱が高まっていった。
「なあ、それなら……俺にもチャンスをくれないか?」
颯馬は飛鳥の手首を強く掴み、真剣なまなざしで見つめた。
「ちゃんと気持ちを伝える前に断られたけど、期間限定でいいから……幼馴染としてじゃなくて、きちんと恋人として接してみてから考えてもらえないか?」
掴む力があまりに強く、飛鳥は痛みで顔をしかめるが、颯馬はそんなことなど気にせず飛鳥のことを見つめ続ける。
そんな颯馬を見て、飛鳥もあの時勝手に颯馬の気持ちを突き放したことは颯馬に対して酷いことをしてしまったのかもしれないと思った。
しかし、だからといって颯馬のことをそういった目で見れるのかわからないし、変に期待させてダメだった時のことを考えると即答はできなかった。
「……ちょっと考えさせて」
そう返事をして、麦茶を飲み干した飛鳥は勢いよく立ち上がり、一回にいる颯馬の祖母に挨拶をして帰宅したのだった。
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