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第18話 正しくあるということ

今日が日曜日でよかったと飛鳥は心の底から思った。失恋したのなら余計なことを考えないためにも部活動に集中しようと張り切って朝から学校に向かうために電車を待った。しばらくホームに立っていると、見知った姿が反対方面行の乗り場に飛鳥に背を向けた状態で並ぶのが見えた。 それは今、自分が必死に頭から追い出そうとしている2人の姿で、飛鳥は動揺してしまう。 2人はこちらに気づいていないのか、お互い楽しげに話をしながら指を絡めるようにして手を繋いでいる。 2人の姿は仲睦まじく、どこからどう見ても恋人同士にしか見えない。きっとそうだという不確定が、やっぱりそうだったという確定事項に変わっていくようで胸が締め付けられた。 でも、2人のことを見て見ぬふりをして逃げ続けるのも嫌だという思いが勝り、自分を鼓舞するようにこぶしを握り2人に近づく。 「すばくん、きょーちゃん、おはよう!」 できる限りの笑顔を作り話しかける。 昴は少し不安そうな表情で京一の身体で飛鳥から隠れるように移動すると、京一は困った笑顔で飛鳥に挨拶を返す。 「おはよう、飛鳥。今日も部活の練習かな?」 「うん」 京一に短く返事をすると、飛鳥は少し自分の身体を傾け、昴の表情を覗き込む。 「すばくん、この前はごめんね?僕、すばくんの気持ちをちゃんと考えてられなかったなって思って……昨日は謝りに行ったんだけど、留守だったから」 返事をしない昴に京一も心配そうに視線を投げているが、飛鳥はそのまま続ける。 「そまくんから聞いたんだ、2人が付き合い始めたって」 飛鳥がそう言うと、昴の身体がピクリと動いたが、何か言葉を発するということはなかった。 「……そうなんだよ」 京一が代わりに返事をすると、飛鳥も少し困った顔をしながらも努めて笑顔で接する。 「そっか!きょーちゃん、すばくんのこと大切にしてあげてね。泣かせたりしたら許さないから」 そんな話をしていると、いつもの学校方面の電車がやってくる。 「じゃあ、2人とも楽しんできてね」 元気に手を振って見せて電車へと乗り込む。 ドアが閉まり、出発した電車の中で飛鳥は流せない涙の代わりに自分の腕をぎゅっと強く握った。 飛鳥の家は、特に躾に厳しかったわけでも何でもないが、祖母は咲洲家に伝わる善行の教えというものを飛鳥に読み聞かせた。おそらく、祖母にとっては絵本の代わり程度の気持ちだったのだと思う。しかし、その教えを守れば周りの人は笑顔になった。ありがとう。と、何度となく言われることにまるで自分がテレビの向こうのヒーローになったような気がして、幼い飛鳥は自分の在り方を見出した。 飛鳥にとっては、祖母が教えてくれたことが根本になっている。その中の一つに、男なら泣くな。という言葉があった。もちろん、今の世の中そんな言葉は男女差別以外の何ものでもないことは飛鳥も理解はしているが、それでも生き方としてなじんでしまっている。 結局、高校生になった今になってからそれを変えようと思っても難しく、困ることもなかったため変えようともあまり思ったりはしなかった。 「おい、飛鳥……何変な顔してるんだ?」 急に聞こえてきた声にびっくりしていると、雷斗が飛鳥の顔を覗き込んでいた。どうやら水着に着替えようと思い、制服を脱いでいる最中にぼーっとしてしまっていたようだ。 「え……何?僕そんな変な顔してる?」 「してる……お前すっげーたまに、自分の顔にへたくそな笑顔が張り付いてるときあるって自覚ないの?」 呆れたように言われて、全く自覚がないことに言葉が詰まる。 「そまくんにもすばくんにもそんなこと言われたことないけど……」 一応往生際が悪く否定してみるが、実際にどんな顔をしているのかわからないので雷斗のいう通りなのだろうと思った。 「お前が笑ったり怒ったりしてないと調子狂うから元気出せよな!」 そう言って雷斗は飛鳥の眉間を両手の人差し指でぐりぐりと動かして遊ぶ。 雷斗の言葉を聞いて、飛鳥は自分の頬を引っ張ってみせる。 「最近休んでたから顔の筋肉でも落ちたのかもね!」 そんな軽口を返しながらいつもの飛鳥へと戻っていく。 悩んでいるのは自分らしくない、人の幸せは祝ってあげるべきだ、いつも通りの自分でいなければならない。 そうした考えが自分を捕らえて動けなくなって、息ができなくなっていくことを自分で気づける人がどれだけいるのだろうか。

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