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第35話 大嫌い 視点:京一
飛鳥の病室から出て1つ下の階にあるコンビニへ向かう。斜め後ろをチラリと見ると、颯馬がムスッとしながらもついてきている。
「君はほんとに飛鳥の言うことなら聞くんだね」
「あ゛?」
不機嫌を隠そうともせず、あまつさえ舌打ちまでしてくる。
飛鳥はもちろんだが、昴さえいない状態になると颯馬の態度があからさまに悪くなり、いつもの態度はあれでも取り繕っていたのかと一層感心してしまう。
「……茅野は何で昴くんにあんなに酷いことをしたの?」
「酷いことって何がだよ」
さすがの颯馬も昴の名前が出ると少し語気が弱くなり、いつもの態度に戻るのかと思いながら見ていると颯馬が思いがけない言葉を発した。
「昴も何だかんだ、お前のこと好きなんだろ」
さすがにその言葉を聞くと、頭に血が上っていくのがわかる。
ここは病院で、きっと手を上げたところで颯馬には敵わない。自分を落ち着かせるために深呼吸をする。
「それ……本気で言っているのなら、君は一体昴くんの何を見てきたの?どうみたって昴くんが本当に好きな相手は君だけだよ」
颯馬は無言のまま急に立ち止まった。
「は?何だよ、それ……」
明らかに動揺した颯馬というのは珍しいが、今の話で動揺を見せたということは颯馬も昴に対して憎からず思っているのだろう。
「ねえ、茅野……ちょっと外に出て俺と話をしてみる気はない?」
颯馬とともに、先日昴と一緒に訪れた公園へと向かい、ベンチに腰掛ける。
颯馬からは早く用件を伝えろと言わんばかりの視線を投げかけられており、相変わらずだなと笑ってしまいそうになる。
「茅野……俺はね、昴くんにとって、ただの代用品なんだよ」
昴と付き合ってみた率直な感想を伝える。
どれだけ触れ合ってみても、いつも自分を通して違う相手を見ているのを感じていた。
「君は飛鳥が好きだから、昴くんの想いが成就することはない。だから、代わりに誰かに愛されたいんだろうなって。でも、それは別に相手が俺である必要はないんだと思うよ」
黙って聞いている颯馬にさらに話を続ける。
「でも、俺はそれでもいいと思ってる。俺も飛鳥以外の相手を抱いて、飛鳥を裏切ったんだから、せめて飛鳥の大切な人を幸せにしたい」
飛鳥にもはっきりと拒否をされた自分にできる最大の自己満足の答えだ。
「今日の2人を見てて思った。飛鳥もちゃんと茅野のこと好きだから付き合ってるんだって……。そうだよね、飛鳥は誰かに脅されたからって何かに屈したりするような人じゃないってわかってるはずなのに、嫉妬してそんなこともわからなくなるなんて」
飛鳥が本当に颯馬のことを恋人として受け入れているのなら、その意思は変わらないだろうと今なら理解できる。
「茅野……飛鳥のこと、よろしくお願いします」
頭を下げてみせると颯馬は何か言いかけたが、唇を噛んで言葉を飲み、拳も握ったかと思うと、いきなり頬に殴りかかってきた。ゴッという音を立てて、骨に骨が当たり激痛が走る。
幸い歯は折れていないようだったが、痛みはなかなか引いてくれない。
「お前のそういうところ、マジでイラつくんだよ!」
颯馬がいきなり突進してきたかと思うと押し倒された。
「聞き分けのいい、いい子で居たら欲しいもんが手に入るのかよ!!飛鳥も昴もお前のことばっか気にしてんのに何が満足いかねぇんだよ!!!」
馬乗り状態で腹や顔を殴ってくるので腕でガードしようとするが、さすがに喧嘩慣れしている相手に喧嘩などほとんどしたことのない相手のガードはあまり意味をなさず、腕も次第に痛くなってくる。
「いっ……やめ」
ガードするのを諦め、逃げるために颯馬を押しのけようとじたばたと暴れる。
「やめろ!!」
抵抗するために思わず伸ばした左手は颯馬の顔に当たり、生温かいものが頬に触れた。
それが颯馬の鼻から出た血液だと気づくと、左手がとても痛んだ。
「か、茅野……血!手当しないと!!」
「っ……うっせーな。なんでこんな時まで殴ってきた相手の心配してんだよ」
「君だって飛鳥の大切な人だろ……」
そう答えると颯馬は深いため息をつかれ、身体の上から降りたかと思うと公園の出口へと歩き出した。
「お前と話してると、色々バカバカしくなってくるわ……」
公園の出口にある自販機でペットボトルのお茶を2本買って戻ってきたかと思うとそれを押し付けてくる。
「俺、もう帰るわ。これは飛鳥と昴に渡してくれ」
そんなことを言い残して、喧嘩でボロボロになった人間を置いていくのはどうかと思ったが、最後に飛鳥と昴の飲み物だけは用意して帰るあたりに思わず笑いそうになる。
颯馬の姿が見えなくなると、少しほっとしてしまう。
殴られたところは痛いし、おそらく痣になっているのではないかと思うが、それ以上に颯馬を殴った左手の痺れの方が、痛みが強い気がした。
「……俺だって、茅野の短気なところ、大っ嫌いだよ。バーカ」
公園のベンチに横たわりながら、空に向かってそう呟いた。
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