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「時間がないってのに……っ」
悪態をつきながら廊下を走るのは厳禁となるべく速足で歩く。
途中すれ違った看護士が「忘れ物ですか?」と問いかけてきたのに頷きながら仮眠室の扉に手をかけた。
気まずい思いをしたくなくて、誰も使っていなければいいなと祈りながら押し開けるも、ベッドの毛布が膨らんでいるのを見て息を止める。
時間に追い立てられていたこともあり、ノックも声をかけるのも忘れた。
無作法だと思う。
文句の一つでも言われるかと覚悟したが、ベッドの上の人物は身じろぎもしない。
「……寝顔まで仏頂面なのか」
そろりと息を吐いて誰が寝ているのかと覗き込んでみると、嘉納が無表情でぴしりと言う音が聞こえてきそうなほどかしこまった姿勢で横になっていた。
起きている時もそうだが、寝ている時も面白味も何もない男だと思う。
「……」
男っぽい端整な顔立ちをしているのだから、ちょっと微笑めばいいものを……
長身にがっしりとした体つきを羨ましく思いながら、枕元のサイドテーブルに置いたままになっていた携帯電話に手を伸ばした。
ぱしり
突然手を掴まれ、一瞬にして心臓が縮み上がった。
「ぁっ」
寝不足か、それとも眠気覚ましに擦ったのか、縁を微かに赤くした目がじろりとこちらを睨む。
いい年して睨まれてびくつくことがあるなんて思わなかった。
何か声をかけようとするも、突然過ぎて口はパクパクとしか動かない。
「寝入り端だったのですが」
責める調子に罪悪感も沸いたが、無表情で非難されたことに苛立ちが勝った。
「べ、別に騒ぎ立てた訳じゃないですし、嘉納先生は繊細ですねっ忘れ物を取りに来ただけですしもう帰りますから!申し訳ない!」
放してくださいと言う前に、オレが腕を引く力を上回る力強さで引っ張られ、踏ん張ることができずに嘉納の上に倒れ込んだ。
どっとした衝撃と、人体の柔らかな感触を感じて暴れるも、もう一方も掴まれて動きが封じられてしまう。
「な、な、な……なに……」
オレを胸の上に乗せたまま、深い呼吸が繰り返される。
嘉納が息を吐く度にミント系の香りがし、こめかみの辺りの髪がそよいでくすぐったい。
「あ、あの 先生?寝ぼけていらっしゃるんですか?」
両腕を掴む力は強く、到底寝ぼけているとは思えなかったが念のために訊ねてみた。
……が、相も変わらない無表情でこちらを見下ろすだけだ。
居心地の悪さに体を起こそうとするが、両腕を掴まれてしまってはそれも叶わない。
「あのっ────!?」
怒鳴ろうとした瞬間、嘉納はぐぃと力を加えて体を捻るようにした。
結果……嘉納に見下ろされる形になって目を瞬く。
ぎゅうっと、お世辞にも寝心地がいいとは言えない仮眠ベッドに押さえつけられ……
はっきり言って何が何だかわからない。
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