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「…………っ」
しつこくしつこく鳴らされ、その耳障りさに負けて勇気を振り絞る。
差し入れた指先が固いものに触れ、一瞬躊躇したがえいっとばかりに引き抜く。
『鏑木院長』
その素っ気ない四文字に跳び跳ねた。
どきっと飛び上がった心臓が口から出ない内に通話ボタンを押す。
「は はははは、はいっ!」
ガチっと歯が鳴る。
一瞬の後、電話の向こうから朗らかな笑い声が聞こえてきた。
「あははは。どうしたんだい?そんなに慌てて」
「えっあっ そのっ……」
「うん?それは、慌ててこっちに来てるから?」
渋い声が茶目っ気を含んで問いかけてくる。
こっちに……?
鏑木院長の言葉を繰り返した瞬間、ざっと血の気が引く。
そして靴箱の上の置時計に視線を走らせると、これ以上下がりようがないと思っていた血の気が更に引いた。
「も も、申し訳ございませんっっ!」
「忘れてたのかい?」
「あっ う……はぃ」
目の前にいない人物に対して懸命に頭を下げながら言うと、再び朗らかな笑いが返ってくる。
「あははは!そう言う時は急患がって言えばいいんだよ」
「ぁ……いや、でも……」
貴方に嘘は吐きたくない
そうもごもごと続けると、電話の向こうの鏑木院長は黙り込んでしまった。
「あ、あの……院長?」
「……可愛い事を言ってくれるねぇ」
看護婦達の評価も高い、ロマンスグレーの顔が柔らかく微笑んだのが分かる。
「え?や、可愛いって……誉め言葉じゃないです」
「いやいや。んー、今は家かね?」
「は?はい」
「じゃあ今日の店はキャンセルして、そっちで家呑みとやらをしようじゃないか?」
家…呑み?
いつもコジャレた店で呑む院長が、飾りも素っ気もない自分の家でワイングラスを傾けているのを想像して一気に腰が伸びた。
「いえ!行きます!今からすぐに!車を飛ばして!」
慌ててドアを開けようとしたオレの耳に、柔かい声が届く。
「君を危ない目に遭わせたくないんだよ」
そう諭され、ノブに掛けた手を引いた。
ざっと部屋の中を片付け、シャワーを浴びることが出来るか時計を確認する。
院長が教えてくれた到着時間まではまだ余裕がある。
大丈夫だ。
そう確認してバスルームへと飛び込んだ。
院長がくる前に、あいつに触られた所を洗ってしまいたかった。
スポンジを泡立て、縛られていた手首をまず洗った。
微かに赤くはなっていたが、痣にはならないだろう…
首を洗い、さんざんこねくり回してくれた乳首も洗う。
「ん……」
少しひりつくような感覚の残るソコ、男でここが性感帯なのはどうなんだろう?
女が感じるのだから、おかしくはないのかもしれないが…
『あぁ、弄られて勃ちましたね』
その一言はひどい侮辱に思えた。
院長との会話で緊張が解けた後にやって来たのはムカムカとした怒りで……
がしがしと力を込めて全身を泡まみれにし、けれどその箇所で手が止まってしまった。
『これで貴方のイイトコロが触れます』
そう言って最奥に触れてきた瞬間の……
あの視界が真っ白に塗り込められるような感覚にざわざわとして腰がくねった。
初めてのあの感覚。
前を擦られてイくのではない、今まで感じたのとは全く異質で強烈な……
「───っ」
ぶるぶると体が震えるが、それは恐怖以外のナニかだ。
頭の中に警鐘が鳴り響いている筈なのに、指は腰を伝いながら落ちて行き、余り触る機会のない後ろの谷間へと這っていく。
シャワーから流れる湯の行く先が変わり、嘉納がさんざん蹂躙したソコへと滴る。
「ん……ぅっ 」
ちゅぷ……と音がした瞬間、怖くなって飛び上がった。
「っ……く、っそぉぉっ!」
手に持っていたスポンジを叩き落とし、じくじくとした考えを洗い流すようにシャワーを手に取った。
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