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 バスルームから出た所でタイミング良くチャイムが鳴る。  鏑木院長が来たのだと思うとそれだけで緊張が高まった。 「い、今、開けます」  駆け寄り、チェーンを外してドアを開けると、白いスーパーの袋が見え、 「こんばんは」  それがずれて皺を刻んだロマンスグレーが顔を見せる。  壮年の男独特の余裕のある笑みにほっと笑って返す。  年の割りに日に焼けた肌やがっしりとした体つきのせいか、若々しく感じるし顔付きも精悍なせいか看護婦達の人気は高かった。  そんな人が目の前に居ると思うと、それだけで心臓が壊れそうだ。 「あ……あの、今日はすみませんでした」 「うん?いいよ。家で呑むのも楽しいだろう?これ、何がいいか分からなくて、適当に選んできたよ。呑もうか」  約束をすっぽかした事について、それ以上何を言うでもない院長を部屋の中へと招き入れた。  何度か招いたことはあったが、その時はもう少し小綺麗にはしていて……  恥ずかしさに俯いた。 「すみません、汚くて……」 「男の独り暮らしならこんなもんだろう?」 「座っていて下さい、すぐにグラスを……」  キッチンに向かおうとしたオレの手を、院長が掴んだ。 「あっ……」 「風呂に入っていたんだろう?先に髪をきちんと拭かないと風邪を引くよ」  貸してごらんなさい……と、肩に掛けていたタオルが取られて視界に被さる。  そのまま丁寧な手付きで濡れた髪を優しく拭き始めた。  ぼっと顔が赤くなる。  院長にそんな事をされるとは思わず、タオルを鷲掴む。 「じ、自分でします!」 「私が、君の為に、して上げたいんだ」 「っ……」  看護婦曰く、キザっぽいが言われてみたい……との口調で言われてますます顔が赤くなる。 「……あのっそんな事を誰にでも仰るから、誤解を招くのだと……」  そう言うと、ん?と穏やかに微笑まれてしまう。 「私が、君を贔屓しているって?」 「……」  実際、仕事においてそう言ったことは無かったが、そう思われてはいるようだった。 「言わせておきなさい。私が仕事に私情を挟む人間でないことは皆知っている」  粗方拭き終わったのか、手持ち無沙汰にタオルを弄る。  そしてふぅと溜め息を吐くと、先程まで拭いていた頭をぽんぽんと叩く。 「大丈夫だよ」 「……はい」  院長にそう言われると、無条件にほっとする自分がいて……

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