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ワインと不釣り合いな缶チューハイで乾杯をする。
「いただきます」
「若い子には、こう言った物の方が良いんじゃないかと思ってね。随分種類があって迷ってしまったよ」
おかしそうに笑う院長だが、缶チューハイを買うなんて事をさせてしまった申し訳なさで肩を落としていると、ローテーブルに置いていた左手を取られた。
ふわりとした暖かさに包まれて、怖々と視線を上げる。
「楽しかったよ。今度は一緒に選ぼうか。翔希の好きなものを教えてくれると、嬉しいね」
こう言ったスキンシップも誤解を招くんだと、言った方がいいのか……
「あの……院長」
やはり、言っておかなくてはいけないだろう。
そう意を決したのに……
「院長だなんて堅苦しい。二人きりの時は止めるように言ったろう?」
「は はぁ……」
ぎゅっと両手で左手を握り締めてくる。
院長に子供のようにきらりと目を輝かせ、ワクワクと効果音が聞こえて来そうな顔でこちらを見詰められ……
恥ずかしさに視線を膝に下げた。
「あの、───」
何度呼んでも慣れない。
「───お……お父さん」
消え入りそうな呼び掛けに、院長……いや、父の鏑木静司はわっと感激して飛び上がった。
「いいねぇっ!何度聞いてもっ!」
そう言いながら手はさわりさわりとオレの手を撫でていて……
弟曰く、天然セクハラ大魔王の父には普通のことでも、やはり恥ずかしい。
「や……あの、ですね。こうやって触りまくるのは……セクハラ問題とかもありますし」
「息子とスキンシップを取りたがって悪いかね?」
良い悪いじゃない。
息子と、と言う部分だけなら構わないが、こっちはもういい年をした男だ。
端から見て異様だろう事は分かる。
幾ら離れて暮らしていたからスキンシップを取りたいとは言え、周りから見たら院長が部下に触りまくっているようにしか見えないだろう。
オレが鏑木院長を父と呼ぶのに戸惑うのは、一緒に暮らした記憶がほぼないからだ。そして正確には、遺伝子上の父であっても戸籍上の父ではないと言う部分もあるだろう。
父も母も、長い恋人期間を経て最終的に籍を入れずに別れた。
両親が結局結婚しなかった理由について、一度院長に尋ねてみたことがあったが、「説得しきれなかった自分が悪い」とだけ返された。
母からも、育ててくれた祖母からも、二人が結婚に至らなかった理由は教えてもらえなかったし、大の大人三人が話せないのっぴきならない事情でもあったのかもしれない。
その後、院長は母と別れた後しばらくして結婚し、男の子を一人儲けた。
戸籍上、院長の子供はその子だけで……
今更、認知もへったくれもないのだけれど、余計な波風を立てたくないのもあって、このことについて知っているのは亡くなった祖母、親二人とオレと弟の五人だけで、それぞれにそれぞれの事情があるのだろうが、子供を二人も作っておいて入籍もしないままだったと言うのは腑に落ちていないし、思うところもある。
思うところはあるが……父を知らずに育ったオレとしては、ただただ院長は憧れの対象でしかない。
「やっとこうやって息子と水入らずで過ごせるんだからさぁ」
オレの方に回るとぎゅうっと肩を抱いてきた。
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