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「急いでるんっすけど」
舌打ちでもしそうな態度に気圧されて、取り上げた段ボールをそのまま戻した。
「ああ ごめん」
「失礼します」
忌々しそうに吐き捨てられて返事が出なかった。
あんな態度を取られなければならない程のことがあれば、記憶に残るとも思うが……
研修医用の水色の制服の背中を見返してみるが、その茶髪の青年に心当たりはなかった。
「あのぅ、谷先生は何をされているんですか?」
「百面相」
簡潔に答え、年配の看護婦は新たにやってきた看護婦と替わった。
「谷先生、よろし……翔希!ぼーっとしないの!」
「へ?」
はっと顔を上げ、看護婦を見る。
「あ、あー……陵子か」
「ちょっと、名前やめてよ!」
自分のことは棚上げらしい。
「あぁ、長田さん。よろしく」
そう言うと陵子はにこりと笑ってくれた。
長田陵子は、オレの 元カノだ。
付き合って数週間……オレはあっさり振られたわけだが、短い付き合いだったからか性格なのか、同じ職場で顔を合わせることも多いのに気まずい思いをしなくて済むのはありがたかった。
「 どうしたの?顔赤いけど?」
「……」
男の沽券に関わるのでそれだけは絶対に知られちゃいけないと、無表情を作って首を振る。
「何よ。言いたいことがあるならちゃんと言ってよ」
仕事柄か、陵子は人の心にも敏感で、何かを隠してるのを覚ったらしい。
「な、なんでもない」
「本当に?」
カルテを見ながら頷いたが、誤魔化せてはないだろう。
「院長とのこと?」
「へ!?」
「貴方と院長が親密そうに話してたって詰所で盛り上がってたから」
茶でも飲んでたら吹き出す所だが、生憎吹き出すものがなかった。
噎せるように咳き込んだオレの背を陵子が撫でる。
「あ、あれはただ世間話していただけだよ」
「なんか雰囲気が怪しいって、言ってたわよぉ手を握りあってたって?」
ふふふ と笑う陵子の方が怪しい。
「院長のスキンシップは今に始まったことじゃないだろ?」
何を期待しているのか知らなかったが、そう言ってやると「そうねぇ」とあっさりした返事が返る。
「ま、院長先生は愛妻家だしねぇ」
「それ以前だろーが!」
そう言ってボールペンの先を向けた。
事情を知っていれば親子のスキンシップと苦笑で済むが、知らない人間からしてみれば奇異の目でしか見れないのはよくわかる。
親しく話しているのが良からぬ関係に見えたのだろう。
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