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 ぎゅうっと通勤鞄を握り締めながら、 「なんでこんなとこにいるんだ……」  ぶつぶつと繰り返していたら、呆れを滲ませたように思える仏頂面がこちらを向いた。 「なんでこんなとこにいるんだと思う?」  そう問い掛けると、カードキーをぴらぴらと振った嘉納が至極当然と言った答えを言う。 「貴方が私の誘いに乗ったからでしょう?」 「う  」  そう言うと嘉納はふぃと部屋の中へ入っていった。  廊下に取り残され、ポカンとしている耳に他の客がやって来る音が聞こえ、慌てて嘉納の後を追う。  勢いをつけて飛び込んだ先は、まったくもって普通のビジネスホテルで…  余りの普通っぷりに一気に頭が冷えた。 「なんでこんなとこにいるんだ……」  すでに上着を脱ぎ、ネクタイを外しかけていた嘉納が首を傾げた。 「ラブホの方が良かったですか?」 「いやっ ちょ……っ そうじゃなくて……」  男同士でラブホなんて、露骨過ぎてなんだか抵抗がある。  ……それに、人に見られた時に言い訳のしようがなくて、それはそれで困る。 「  後悔、ですか?」  う と言葉に詰まる。  抗い難い、独りでは覗けないあの白く染まる世界をもう一度見たいと言う思いはあった。 「当て付けでもなんでも、気にはしませんが……」  扉に押し付けられ、背中は冷たいのに胸は嘉納の温もりで温かい。  気持ちいい  と、思う。  庇護されているかのような安堵感が嬉しいと思うのは、父を知らずに育ったせいだろうか? 「当て付……んっ」  疑問に口を開いた所を嘉納の唇に覆われる。  舌先がオレの唇をノックし、唾液を纏って押し入ってきた。  強引に入ってきたとは言っても、すんなりそれを受け入れてしまえるのだから、オレの頭のネジは緩んでいるらしい。  歯列をなぞりながら角度を変えられ、更に深くに舌が滑り込み、唾液が流れてくる。 「今更引き返すなんて、させませんよ」  唇が触れ合ったまま紡がれた言葉は、欲を孕んだ牡の声で……  ぶるりと震える体に、先程問い掛けようとした言葉は霧散した。

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