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第2話
『ひぇ?』
「……高位の光の精霊を喚び出したつもりだ。それがなんだってお前のような役立たずが現れるんだ」
蔑むように冷たく言い放たれて、ルーチェは息をのむ。それから眸を揺らすと、次には割れるような声で大泣きした。
『わああぁぁんっ』
「!?」
『こわっ……怖かったよぉぉぉ!』
ルーチェを抱いている男が、ではない。先ほどのおぞましい花の化け物に食べられかけたことを思い出したのだ。落ち着いた今になって改めて恐怖が襲ってきた。
「なんだっ?」
突然泣き出したルーチェに男はびくりと体を揺らし、狼狽える。
ぴーぴー泣きながらしがみついてくる、白くて小さな生き物。これは男があの花の化け物――食人花を倒すために呼び寄せた召喚獣のはず、だった。
ところがこの召喚獣は無様な登場をしたかと思うと食人花を見て怯え、簡単に捕まったあげくに食べられかけたのだ。
ここまで弱い召喚獣がいることにも驚いたが、自身がこの弱すぎる召喚獣を召喚したということも衝撃だった。男は――ファウストは高位の召喚士で、周りからは天才とさえ呼ばれており、召喚に失敗するなど考えられなかったからだ。
―――なのに。
ちらりと視線を落とした先では、ファウストが召喚した召喚獣がしゃくりあげながら彼に抱きついていた。それまではあまりの役立たずっぷりに腹を立てていたのだが、毒気を抜かれてしまいもう怒る気にすらなれなくなる。
「はあ。泣きやんだのなら早く自分の世界に還れ」
しかしこれ以上の面倒事はごめんだ。ファウストはルーチェの体を摘まんで持ち上げると、さっさと精霊界に戻るよう促した。
ルーチェはそれに涙に濡れた金色の眸をぱちぱちと瞬かせる。
『やっ。還らない』
じたばたと暴れてファウストの手から離れると、ルーチェは再びファウストにしがみついた。
『ぼくはあなたと契約したいっ』
ルーチェはファウストを見てビビっときたのだ。ありていに言えば一目惚れというやつで、彼と契約をしてずっと一緒にいたかった。
「な、なんだこいつは……?」
人間のファウストには獣化したルーチェの言葉は分からない。けれどルーチェが還ることを嫌がっているのは行動から理解して、困惑しながら引き剥がそうとする。
『やだぁぁ……』
呆気なく剥がされてルーチェはまた泣いた。ファウストに摘ままれて宙ぶらりんになりながら、ポロポロと涙を溢す。
するとファウストの隣でそれまでことの成りゆきを静観していた淡い碧色の髪の男が、ルーチェに手を伸ばし、優しく抱き上げた。
「おーよしよし。可哀想に」
「フィデリオ!?」
ぎょっとしたように目を剥くファウストには目もくれず、フィデリオはしくしくと静かに泣いているルーチェをあやす。彼はルーチェのふわふわの毛並みを撫でながら、赤子を抱くように体を揺らした。
しばらくしてルーチェの状態が落ち着くと、フィデリオは自身の相方に侮蔑の視線を向けた。
「こんなに小さくて可愛らしい子にそんな酷い口をきくなんて、見損ないましたよファウスト」
「はあ? 何言ってるんだお前。頭がおかしくなったのか……?」
ファウストは、普段からは信じられないような行動をとる相方に困惑した。
ルーチェを我が子のように慰めているこの男は、決してこんなことをするような面倒見のよい輩ではない。自分大好きで、他人に興味を示さない変わり者だ。
『……?』
二人に挟まれたルーチェは、しゃくりあげながらフィデリオを見上げる。そうして彼が自分と同じ精霊であることに気づくと目を丸くする。驚いているルーチェにフィデリオが気づき、相好を崩す。
「私はフィデリオ、風の者です。あなたは光の方の末のお子さんではないですか?」
『うん……ぼくはルーチェ。さっきは助けてくれてありがとう』
フィデリオが風の精霊だと教えられて、ルーチェは先ほどの食人花を切り裂いた風がフィデリオのものだと気づいた。おそらくファウストがルーチェの後に喚び出したのだろう。
「ルーチェというんですね。あなたはあまり争い事には向いていないと聞いていますが、こんなところにいて大丈夫なんですか? 今頃光の者たちが心配していると思いますよ」
『うう……でもぼくファウストと契約したい』
未練がましくちらちらとファウストを窺いながら、ルーチェはまだ精霊界には還りたくないとごねた。今あちらに還ってしまえば、ファウストとはきっともう会えない。
契約を交わしていない召喚獣を喚び出す場合は、基本ランダムだ。
どの召喚獣を喚び出すのかは召喚士の腕や相性に左右されるところもあるけれど、精霊界には同じ属性でも数多の精霊がいるため、狙った召喚士のもとへ召喚されるというのはなかなか難しかった。
さらに言えば、ルーチェは召喚しにくい部類の精霊にあたるようなのだ。現に今日、生まれてはじめて召喚された。
「フィデリオ。そのチビはなんて言ってるんだ?」
「……ルーチェはファウストと契約がしたいようですね」
弱ったとばかりに肩を竦めるフィデリオに、ファウストは盛大に顔を顰める。
「はあ!? 断る。足でまといにしかならないような奴と契約なんてするわけがないだろ」
今回もルーチェを喚び出した後に更にフィデリオまで喚び出して、無駄な魔力を消費させられた。毎回こんなふうでは効率が悪すぎるし、ファウストの身がもたない。
「うーんそうですねえ。確かにルーチェは戦闘では役に立たないと思いますが、いいんじゃないですか?」
「何がだ?」
「契約しても」
「……なんだって?」
「可愛いし」
フィデリオの腕の中でそわそわとしながら期待の眼差しを向けてくるルーチェに、ファウストは顔を引き攣らせた。
「毛並みも真っ白で艶々ですし、やわらかくてふかふか。まっすぐに立った耳は立派で、金色の眸も宝石のようです。こんな綺麗な子は精霊界でもそうそうお目にかかれません」
力説するフィデリオにドン引きしながらも、ファウストはルーチェの愛くるしい容姿に小さく唸る。ファウストも小動物は嫌いではない。確かに、ルーチェは見ためだけならとても可愛らしかった。
ただ、召喚獣としてはとんでもなく使えないが。
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