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第3話

『ぼく頑張るよっ。魔法は苦手だけど練習するし!』 「魔法は苦手だけど頑張って練習すると言っていますね」 「……」  まさか魔法が苦手な精霊が存在するとは知らなかったファウストは、フィデリオから伝えられた内容に言葉を失う。  ルーチェはある意味ではとてもレアな召喚獣なのだろうが、ファウストはそんなレアさは求めていない。欲しいのは観賞用ではく戦闘で使える召喚獣だ。しかし――。 『お願いファウスト!』  ぴょんぴょんと跳ねながらやる気をアピールしているらしいルーチェに、ファウストは渋々折れた。ただ契約するかどうかは簡単に決められることではないため、様子を見るという形で落ち着く。  それからルーチェは宣言通り、フィデリオについてもらい特訓を開始した。  ファウストと契約したいがために、戦闘に必要な魔法を使いこなそうと寝る間も惜しんで努力をした。  それに付き合ったフィデリオも、ルーチェはとても頑張ったと認めている。だけど残酷なことに、精霊にも向き不向きというものが存在する。 『……むむっ』  ぷるぷると瑞々しく震える半透明のモンスターを前に、ルーチェはキリリと表情を険しくさせた。  その後方でファウストとフィデリオがルーチェを見守る。はらはらと心配そうにしているフィデリオと、そんなフィデリオに落ち着けと飽きれ顔で声をかけるファウスト。  最弱モンスターのスライムだ。頑張れば子供でも勝てる。常識的に考えれば精霊が負けるはずのない相手だった。  それから精一杯集中したルーチェは小鳥の卵ほどの大きさの光の玉を出現させると、スライムめがけて飛ばした。 『えいやっ』  かけ声とは相反して光の玉は非常にのろのろとした速度でスライムに向かっていく。辛うじて命中した光の玉は、パチンという軽い音をたてて弾けて消えた。  ――消えた。 『……』 「……」 「……」  スライムは特に苦しむ様子もなくぴんぴんしている。虫でもとまった? というような雰囲気だ。そして今度は自分の番だとばかりにルーチェに襲いかかり、ルーチェは悲鳴をあげた。 「ぷるぷるぷるーっ」 『ひやあぁぁ!』  慌てて逃げ出したルーチェは、脚を縺れさせ顔面をしたたか地面に打ちつけて泣いた。  それにファウストは片手で顔を覆う。なぜあんなにも短い脚を縺れさせることができるのか、非常に理解に苦しんだ。他にも突っ込みどころが満載だったけれど、どれも言葉にならなかった。  とにかくルーチェに闘わせることは向いていない。ファウストはそれを痛感した。  その後調子に乗ったスライムをファウストが瞬殺し、泣き喚いていたルーチェは彼の腕に抱えられて、宥められながら宿へ戻った。  宿に着いてからもルーチェはひどく落ち込んだままで、部屋に戻るなりその小さな体を寝台に潜りこませ、声を押し殺して涙を溢す。  高位の風の精霊であるフィデリオにも付き合ってもらい、あんなに特訓したというのに。結果はスライムにすら勝てず、さらには間抜けな姿をファウストに晒した。  もう契約するのは絶望的だろう。そう考えが行き着いて、ルーチェの目にさらに涙が盛りあがる。  ルーチェの周りの精霊たちが、何故あんなにも口酸っぱく召喚に応じるなと忠告していたのか。ルーチェはようやく分かった気がした。  ルーチェはとても弱い。  平和な精霊界でぬくぬくと育ったルーチェは、これまでその事実にまったく気づいていなかった。みんなルーチェを心配して言ってくれていたのに、彼らの優しさにさえ気づいていなかったのだ。  弱いことも、無知なことも。ルーチェは自分が恥ずかしくてたまらない。  ホトホトと涙を溢していると、上かけ越しに手の平の感触がした。フィデリオは先ほどファウストが還してしまったから、この手の持ち主はファウストだ。  ぎこちなく慣れない手つきでルーチェを撫でるファウストに、ルーチェは余計に泣いてしまう。 「ルーチェ」  嗚咽を溢していたルーチェはファウストの呼びかけにピクリと反応した。 「……どこか痛むのか。治してやるから出てこい」  ルーチェがいつまでたっても泣き止まないため、ファウストは怪我をしたのかと勘違いをしたらしい。ルーチェはかすり傷ひとつなかったけれど、ファウストの優しい声に呼ばれて寝台からもぞもぞと這い出た。 「お前は本当に泣き虫だな。あんまり泣いてるとその内目が溶けてなくなるぞ」 『うう……ファウストぉ……っ』  寝台の端に腰を下ろしていたファウストにルーチェは跳びつく。それを両手で受けとめると、ファウストはルーチェが怪我をしていないか耳の裏から尻尾の先まで隅々を確認した。 『どこも痛くないよ』 「怪我はないようだな」  ルーチェが無傷なことを知ると、ファウストはどこか安堵した様子で溜め息を吐く。 「じゃあ何をそんなに泣いているんだ?」 『だって……だって……うう』 「スライム相手にまったく太刀打ちできなかったことがショックだったのか」 『う、うああぁん』 「ああもう泣くな……お前そんな弱くてよくこれまで無事に生きてこれたな。一人で放り出したらすぐに死んでしまいそうじゃないか?」  精霊界だって安全なばかりではないだろうと解せないファウストだったが、ルーチェの言葉を理解できないため何も知ることはできない。  せめてルーチェが人型であれば話ができただろうにと、その手触りがよくやわらかな背中を撫でながら考える。  ファウストは初めあんなに面倒だと思っていたのに、気がつけばすっかりルーチェに絆されていた。呆れるほどダメ召喚獣なのになぜか見捨てることができない。それどころか情けない姿もなんだか可愛く見えてきていることに気づくと、重々しく溜め息を吐く。  そうして腹を括った。 「……はあ。いいよ分かったお前と契約する」

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