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第4話

『!?』  ルーチェはファウストの言葉に、すっかり垂れきっていた耳をピンと立てた。 「ただしお前が闘う必要はない。というかむしろ何もするな。もうそれでいい。お前は俺が護ってやる」  分かったな、とルーチェに言い聞かせたファウストは宙に流れるように指を滑らせる。光で文字を書き、魔法で契約書をつくると下の方に自身の名前を書く。それからルーチェにも視線でサインをしろと求めてきた。  目の前に移動したそれに、ルーチェは短い手を伸ばす。獣化した手では文字は書けないため代わりに手の平を押しつけた。すると契約が完了されたとばかりに、契約書は光を放って消えてしまう。 『……っ』  ルーチェはあとに残った光の残骸を呆然と見つめた。  契約が結ばれたといっても、表面上は特に何も変わったことはない。けれど、ルーチェにはファウストと見えない何かで繋がっていることが確かに感じられた。  ファウストと契約ができた。その事実に胸が震える。 「ファウスト!」 「!?」  感激して興奮状態になったルーチェは、獣の姿から人の姿に変化すると勢いをつけてファウストに抱きついた。獣のときとは違い、ファウストはいきなり体を大きくしたルーチェを受けとめきれずにベッドに倒れこむ。  突然全裸の美少年に抱きつかれたファウストは言葉を失ったまま、呆然とルーチェを見上げた。  腰までありそうな長い髪は、まるで月の光を溶かしたのではと思うほどに美しく。肌は抜けるように白く滑らかで、目も耳も鼻も口も、すべて計算し尽くされた芸術のようだと思った。  ただ血色のよい頬と人懐っこい笑みが、作りものめいた雰囲気をいい意味で消している。 「……」 「ファウスト?」 「あ……、え?」 「大丈夫?」  突然様子のおかしくなったファウストを心配して、ルーチェは顔を曇らせた。まさかルーチェと契約したことでファウストの身に何かあったのだろうかと心配になる。 「…………ルーチェ、なのか?」 「? うん。そーだよ」  たっぷりと間をあけたあとにファウストがおそるおそるといった様子で尋ねてきて、ルーチェはあっさりと頷いた。それにファウストが唖然とする。 「お前……っ人型になれたのか!?」 「んん? どっちにもなれるよ」 「はあ!? じゃあなんで今まで人型にならなかった? 言葉が分からないし、不便だっただろう」  ルーチェの言葉が分からずファウストはとても不便だった。だから人型になれるのならばもっと早くなってほしかったと、不満を露にする。  ファウストの機嫌が急激に悪くなって怒らせたことを悟ったルーチェは、体を小さく縮こめるとしょんぼりと俯く。 「獣の姿だったらファウストに抱っこしてもらったり撫でてもらったり、一緒に寝たりできるでしょ。ぼくは人型になる必要性を特に感じてなかったから……ごめんなさい」  ルーチェはファウストの言葉を理解できていたし、フィデリオという通訳がいたこともあって不自由はなかった。しかしファウストは違ったのだと知って、落ち込んだ。  しおらしい態度で素直に謝ってきた上に、ファウストへの好意まで伝えてくるルーチェに、ファウストはうっと言葉を詰まらせると苦々しく表情を歪める。  獣の姿のときからルーチェは愛らしかったが、人型はそれ以上に破壊力をもっていた。正直なところ、ファウストの好みのど真ん中を撃ち抜いている。  これまでルーチェをそのような目で見たことは一度もなかったファウストだが、今のルーチェは非常に危険だ。  さらに可愛いだけならまだしも、全裸で、抱きつかれて、いるのである。  ファウストはルーチェの首から下を、必死で視界に入れないよう努力していた。けれどそんな努力を知る由もないルーチェは、彼の理性を平然と打ち崩そうとしてくる。 「ぼく……ぼくファウストに一目惚れだったの。だから少しでもくっついてたくて。人の姿のときでも、こうやってファウストにひっついてていい?」  長い睫毛の下で黄金の眸を潤ませてファウストを見下ろすと、ルーチェはすりと彼の頬に頬を擦りつける。ルーチェのしっとりとして柔かな感触を頬に感じたファウストは、眩暈に襲われた。  一目惚れなんて、数分前のファウストなら馬鹿にしたに違いない。けれど人型のルーチェに同じく一目惚れしてしまったファウストはもう、それを笑うなんてできなかった。  躊躇いながらルーチェの手をとると、反対の手で腰を抱く。触れた肌はきめ細かく滑らかで、ファウストの肌に吸いつくようだった。 「ふぇ?」  突然のことにきょとりとしているルーチェに向かってファウストは唇を開く。 「ルーチェ」 「なあに?」 「お前が俺の恋人になるんなら、どこでも好きなように触れて構わない」  真面目な顔で条件を提示するファウストに、ルーチェはぽかりと口を開いたままファウストを凝視した。それから興奮したように目もとを赤く染めると、ファウストの服を掴む指に力をこめる。 「な、なるっ。ぼくファウストの恋人に、なりたい……っ」 「なら俺も好きなだけ触るからな」 「ん、嬉しい。ファウストに触られるのすき。いっぱい撫でて?」  ファウストにたくさん触ってもらえるなんて、ルーチェにはご褒美でしかない。蕩けたように微笑うと、ファウストの顔が近づいてきてルーチェの唇を奪った。

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