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三、熊蝉

 廊下の戸を開け放って、並ぶ家々の屋根で少し下の方が隠れた花火を縁側から見上げる。大きな炸裂音とパラパラと火花が散る音と…。  海生は、一紫の膝を枕にして、じっと花火を見つめている。時折鼻を啜っていて、泣いているのは解っていた。けれど一紫は、今回は何も告げず慰めはしなかった。  頭を撫でて、言い聞かせて、そういう慰めを幼い海生には繰り返した。海生は、寂しがり屋で甘ったれで、一紫にとってひどく可愛い。  花火が終われば盆が過ぎ、ゆっくりと夏が終わっていく。  明日、一紫は海生を送り届ける事にしていた。海生の家ではなく、病院にだ。検査の結果が届き、治療には入院が必要なことが分かった。  海生の両親とも電話で相談し、預ける病院を決めた。海生はしおらしく、何も言わず大人しく横になっている。さっき、ゼリータイプの栄養剤を与えた。吐き出す事も無く、落ち着いているようだ。  廊下に投げ出した足の脹脛が、湿疹で爛れている。瘡蓋が捲れ、出血している。こんなにひどくなるまで、掻き毟っていた。花火が終わり静寂が戻っても、海生は一紫の膝から離れなかった。  翌朝、寝室に海生の姿が無く、一紫は慌てて家を飛び出す。昨日の今日で肝が冷えて取り乱したが、海生は家の庭先に出ていただけだった。   「何やってんだよお前!!」  声を荒げる一紫にひどく驚いて、変な体勢で海生は振り向いた。土で汚した手元が見える。こんもりと盛られた土に、二つ実の付いた鬼灯が手向けられていた。  「なんだそれ」  「飛んで火に入った夏の虫の墓」  そう言って、海生は手を合わせていた。何となく釣られて一紫も手を合わせた。  一紫は、近所からの頂き物のトマトを齧る。海生は嫌そうな顔をして、何も食べなかった。送り届ける道中も気まずい沈黙のままで、風邪でも併発したのか海生は何度も鼻をかんでいた。  病院のロビーで、海生の両親は海生を待っている。海生の荷物と、見舞いのつもりの箱詰めの果物を従兄に手渡して、向けられる礼を受け流していく。手短な会話に留めて、一紫はさっさと場を離れた。  「…カズ兄!カズ兄!!!待って!カズ兄!!」  急に、海生が追い縋ってくる。病院だと言うのに、喚いているように声が反響する。両親に取り押さえられながら、藻掻く海生の姿を一紫は見なかった。  見ないように振り返らず、声を聞かぬように足早に去った。  海生を置いて、一紫は夏の家に帰った。

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