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四、蜩

「どういう事だ、海生!」  病院からの検査結果を手に、一紫は海生を問い詰めた。横になったまま、黙って何も言わぬ海生の肩を引き起こし、怒りのままに揺さぶる。 「答えろ!!中毒症状ってなんだ!!!」  医師からの説明と、書類におこされた検査の結果、海生の身体の異変の正体は、毒素による中毒症状だった。急激に起きた症状ではなく、慢性的に滲み出てきている症状で、考えられる原因は、何かしらの毒素を定期的に摂取してしまっているのではないかという事だった。  海生の周りに、毒を盛るなんて真似をする者がいるわけもなく、一紫と二人きりで暮らしている現状を考えれば、海生自身による自傷行為である事は容易に想像出来た。度々口にしていたあのオブラートの中身こそ、海生の体を壊す元凶その物だったのだ。一紫は、部屋に海生の荷物を撒き散らしながら、抵抗する海生の体を押し退け薬袋を漁った。大きなボストンバッグの奥底に隠されたそれを、一紫は手にするなり外に出て、ゴミと一緒に缶に詰めた。なおも海生は、一紫の腕にしがみついて、狂ったように薬を取り戻そうとしている。一紫は、何度もマッチを地面に落としてしまう。海生の妨害に遂に一紫は激高し、海生の頬を強く打ち据えた。 「何のつもりなんだ!海生!!お前の家族も、俺も裏切りたいのか!!!皆お前を心配して、」 「違う!!!!!」 海生の掠れた叫びが劈く。 「死にたいんじゃない!!ただ、ただ……ここに帰りたかった…」  やっと擦れて火の点いたマッチ棒が、一斗缶の中に落ちるのと連動して、海生自身もその場にへたり込み声を上げて泣いた。注いだオイルで燃え広がった炎が、缶の中身を焼却していく。 「いつでも帰ってこられるだろ?」  身を投げ出すように脱力した海生を立たせようと、一紫は腕を引くも、海生の肩が抜けてしまいそうになるだけだった。 「中学も、高校も、大学も…父さんと母さんが望むものしか選べない。今しか無いって毎日毎日閉じ込められて…どれだけ頑張っても、どんな評価貰っても終わらないんだ…あそこから出るには、こうするしか無かった…」  絞り出すような吐露の間に、海生は胃から込み上げたものを堪えきれずに庭の草の影に戻した。 「カズ兄に会いたいって、言ったんだ。それだけで良いって。それだけで…。なんで、なんで駄目なの?」  なんで、を繰り返しながら海生は脛を掻く。ストレスが爆発して手つきが荒々しくなっていく。海生が何に追い込まれていたのか、一紫には痛いほど良く分かった。まるで数年前の自分の様だった。  海生の楽しい夏休みに癒やされていたのは、海生だけで無く、一紫も同じだった。受験や就職や、仕事の不調のストレスを、元気でハツラツとしていた少年が癒やしてくれていた。戯けて西瓜の種を飛ばし、祖父が捕まえてきた甲虫に目を輝かせていた少年は今、心を置き去りにしたまま大人になりかけている、蛹のようだった。 「海生、もう駄目じゃない。駄目なことは何もない。無くなったんだ。こんな事をしなくてもちゃんと会いに来られる」   一紫は今度はしっかりと、海生の体を抱え上げる。家の中に戻してやろうと、縁側から部屋に入る。ごろ寝セットの上に海生を転がしたのに、ギッチリと服を掴んで離さない。 「カズ兄、が、好きだ」  涙と鼻水で汚れた海生が真っ直ぐにぶつけてくる。迷いのない海生は、一直線に一紫を見つめている。虫は、本能に付き従い、命を賭す。  缶の中身は間もなく燃え尽きて薄汚い灰だけが残った。

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