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第10話
「っクソッ!!」
望まないネットを介さないボールのUターンに、そのボールをネットに投げつけた。
誰もいないので、誰に咎められることもない。
小学生以来の激情が流れ込んでは止め処ない。
それに投げ付けたボールは怒りというヒューマンエラーで、ギアがもともとバカになってしまっていたとはいえ、今日一日練習漬けで消耗されるはずだった体力が有り余っていたことが明明としてしまう。
てん、てん、てん、返ってきたボールを拾わずに、怒りに震えていた。
「——俺、トス上げようか? こんなことしかできないけど」救いの一言が後ろから聞こえてくる。
「……岸先輩」
「わ、思ってた以上に酷い顔だ」
振り返った篠田を軽く笑って、ボールを拾う。
「控えセッターのトスだけど、打ちやすく上げられるよう頑張るから、とりあえず打と! とにかく打と! 全力で!! まずは中学レベルを知って、慣れるしかないよ!!」
「……っ控えセッターなんて……言わないでくださいよ。僕、知ってるんです。岸先輩の——」
「過去の栄光に浸るのは三流だよ」
鋭い言葉が返ってきた。
いやに笑顔を崩さないので、謝罪する。
「え? いや全然怒ってないから大丈夫だよ?」
「へ?」
「ん?」
「ほら、トス上げるから好きなポジションについて」
「じ、じゃあ、ライトから……」遠慮がちにいう篠田。言葉とは裏腹に、しっかりと走り込む距離をとって、リズムを刻むようにステップを踏む。
穏やかな笑みを見せる岸先輩から、軽い軟打(弱いスパイク)が繰り出されて、それを丁寧に拾う。
(なるべく回転がかかっていなくて、ある程度ネットから離れていて、高すぎない上げやすいボール——)
「はーい、じゃあオープントスでいくよー」
「はい!」
そして、篠田の中での神童、岸先輩の指に吸い込まれたボールは、再度、伸びのある放物線を描きながら送り出された。
これで篠田が思い切り走って、踏み込んで、腕を振り切るだけの時間と高さをドンピシャのレベルでくれる。
(貴重なプライベートトス。外せないな)
マニュアル通りに踏み込んで、腕をはらい、飛んで、ボールの上を叩き落とした。
「……ソレ、誰のスパイク?」
「……っ誰の? ですか」
「そう。ソレ、誰のスパイクでもない気がするんだよなぁ」
「もっかい普通に飛んで! 基本とか無視してくれていいから」そう言って、岸先輩は自らボールを拾いに行く。
今度は篠田自身の癖を出したまま飛んで、腕を振る。
ネットにこそかかったが、力一杯振り切った。
次も岸先輩から「もっかい!」と催促がくる。
今度は、飛んだところに、腕を振り上げたところにボールがやってくる感覚だった。
これが「岸大地」のセットアップである。
「真面目に取り組んでるの、ちゃんと見てるよ」。岸先輩は人としてもできた人間だった。
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