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第11話——八島俊介——

 地獄のような夏休みが明けた。岸先輩の本心は聞けないまま、一緒に過ごす機会が増えて、八島の不可解な動悸は頻回していった。    男の柔軟性が高いくらい、どうとでもないはずだ。だが、ストレッチで体を伸ばしたり、ペアになって対人(2人でスパイクとレシーブを混ぜたラリー)をする時の綺麗な指先だったり、やけに視界を占領する。  八島は、明らかに岸先輩を意識するようになった。陰で心配されて、気にかけてもらって、悪い気はしなくなったのだ。  それと同時に、岸先輩のプレーの上手さに気づく。  とくに、篠田との相性がいいらしい。連携して指示なしのセットアップからスパイクまでしている。それでも彼らはレギュラーではない。    レギュラー陣からは密かにレギュラーを狙っていると噂されてもおかしくはない。  しかし、2人が矢面に立たされることはなかった。 「集合しろ」  部活終わりに高崎先生が召集をかけた。  腕組みを解くことなく、息を一つこぼす。 「夏休みは急に厳しくなった練習によくついてきた。——来月、練習試合をしようと思う」  顧問の前であるのに、多少のざわつきが出ている。運動部の普通がよくわからない八島は、続きの言葉を待つ。 「それに向けて、シート練を重点的に行う。……新体制になってからメンバー総替えし固定にしてきたが、今回は一度見直すことにした。皆、明日からの部活もいつも以上に精を出して欲しい」 (高崎先生、皆の前ではお願いを申し込んでいるみたいな喋り方なんだよな)  レギュラー陣は既にレギュラーである風格を醸し出していて、八島の隣の先輩は目つきを鋭くさせた。 「……っ」  言葉に詰まる高崎先生。腕組みを解かず、部員たちの奥の壁に焦点を当てているようだ。まるでこちらと視線が合致しない。    「僕たちも陽の目を見られるチャンスが来たんですね……」篠田が言葉を発した。それはもう、震えながら。 「そうだね、頑張ろうね!」  岸先輩がひょこ、と篠田に向けて顔を出して、共闘を誓ったのだ。  刹那的に、また、八島の中でざわつきが始まる。不穏というのだろうか、落ち着かない気分にさせられる。  高崎先生は決定事項を伝えるときは決まって、様子がおかしい上に、篠田と岸先輩の謎の繋がりが気にかかって仕方ない。  八島はチッタチッタと舌打ちを鳴らしたい衝動に駆られる。    「よし、解散!!」高崎先生はいそいそと体育館を後にした。 「——……岸、良かったな!! もしかしたらまたレギュラーに返り咲けるぞ!!」 「ハハ! 俺だけじゃなくて皆んな頑張って切磋琢磨しちゃおう!!」 「そうだな!! ベンチだった俺らがメンバー総替えして下克上果たそうぜ!」  「岸でもレギュラーから外されてた意味をよく理解してねぇ奴らが……」とレギュラーの1人が聞こえるように毒を吐く。  その瞬間に、沈黙が作り出されるのは言うまでもないが、岸先輩が間を取り持とうと、八の字眉になりながら「俺は皆んなが頑張っていれば、先生は全員試合に出してくれると思うよ!! だって、練習試合は何度だって挑戦できる経験の場なんだし!!」という。   「……」 「……」  だが、その健闘虚しくレギュラー側とベンチ側とで深い溝が入り、重たい沈黙がそれを証明した。  「岸先輩、帰りちょっといいですか」篠田が岸に一言声をかけて、帰り支度を始めた。

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