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第12話
夏休み明けに顧問から来月に練習試合をするといわれた日から、一週間程が経過し、部内にはすっかり亀裂が完成してしまっていた。
八島にはどちらにもつく理由がないので、淡々と火の粉を浴びないように影を潜めていた。
だが、それを気づいているだろう高崎先生は口火を切って、喝を入れたり説教を垂れたりしない。
むしろ、「最近は全員が試合に出ることを意識して、練習に取り組んでいる」と嬉々としている場面もあった程だ。
しかし、夏休みの序盤の頃に戻ったように、八島にだけ集中攻撃を再開した。八島には訳がわからない。
六人のシート練においても八島を集中的に狙っている。
夏休みのおかげで倒れこそしないが、釈然としない顧問の態度の変化についていけない。
それどころか、ベンチ組の圧も徐々に直接的なものになっていた。相手側のサーブから始まる攻撃をするシチュエーションで、徹底的に八島をロックオンだ。それもベンチ組のサーブであるから、尚更気分が悪い。
ネットの向こう側のエンドライン(コートの後ろのライン。サーブを打つ時はそれを踏み越えてはならない。主審の8秒カウント以内に打つ)に立つ先輩もきっと、八島を狙ってくるだろう。
顧問が笛を吹き、合図する。
先輩はフローターサーブ(上から打つサーブ)を繰り出して来たが、ネットを山なりで越えてきた。
(こんなの高崎先生の容赦ないスパイクより全然マシ。つうか、ぬるい)
しかし、疲労が溜まっているのも事実。浅はかにも緩いサーブは八島一直線に飛んでくる。これをネット際にスタンバイしているセッターまで綺麗に返すことは可能だろう。
それには腰、足先、上半身全てを駆使してセッターの方向を向きながら、丁寧にレセプションする必要がある。
八島にはレセプション以外にエースと呼ばれる大役を期待されいている。だから、ここでへばって「打てない」は交代を意味する。
(このくらいのぬるさなら、セッターに上げなくてもフォローしてもらって二段トス(セッターを介さない別のプレイヤーがトスを上げること)で俺が上から打てばいっか)
今はセンターポジションについている八島は小手先で、ライトにパスをした。これなら、センターの八島だけでなく、その奥のレフトのスパイカーもスタンバイしているので、一択にならずに済むと考えたのだ。
八島の思惑通り、ライトからの二段トスでスパイクまで決まった。
「……八島、警告だ」高崎先生は八島を睨めつけていった。
「——次のサーブは篠田にお願いしよう」
「はい」
既に次も打つつもりでいた先輩は、コートの外からやってくる篠田にボールを渡す。そして、地獄耳の八島には聞こえた。「アイツ、サーバーでカットを変えて省エネしてやがる——潰せ」。
(聞こえてるっつうの。つか、篠田、確かに上手いけどそれは岸先輩の指示がいいからで、別に大したことなかったような。アイツいつも球拾いばっかで、スリーマンくらいしかプレーを見てないな、そういや)
「……」
多少の警戒はやっておく。ここで笛が鳴る。篠田が経験者で、そこそこの実力が——と思考を巡らせているところだった。
笛の合図とともに、片手でボールを高く上げる。そして、スパイクを打ち込む踏み込みをエンドラインをギリギリ踏むまでに留まって、腰の回転と共に上から叩きつけた。
「っく」
これはジャンプドライブサーブ(スパイクと同じ容量でドライブをかけて打つサーブ)だ。今まで捌い他ことないボールの回転量に驚くが、身長が高い分、アンダーレシーブで処理をしなければオーバーハンドパスをセンターポジションで処理してしまうと、下手すればアウトだったはずのボールを触る可能性もある。
深く腰を下げて、体で回転を止めようと手を伸ばしたが、遅かった。
コート内にボールが弾くように落ちて、回転のせいでめちゃくちゃなバウンドでコート外に転がっていった。
たったこれだけで1点を相手にやるルールとはいえ、癪に障る。
「篠田!! なんだ今の、やるじゃねぇか!! まさか秘密の特訓してやがったな!」
ボールを託した先輩も、聞かされていなかったらしい。こちら側の悔やみ顔を肴にしながら、篠田の背中をバシバシと叩いて褒めた。
「ちょっとジャンプ力が欲しいなと思ったので、ついでに、練習しときました」篠田はしれ、としている。
「やったな、篠田!」
「はい!!」
八島は悔しさも相まって、つい、「クソが……」と口からこぼしていた。
無意識程、本心が詰まっているというわけで。
ざわつきを感じる自身に良い加減、鬱陶しさを感じている。
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