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第14話

 顧問の指示があると、篠田がネットを潜ってセッターポジションを通り過ぎ、八島のところまで無言で歩いてくる。  アウェーなレギュラー側の空気を諸共せず、「そこ、退け」と八島を睨《ね》めつけた。下からの眼光の鋭さに、一瞬慄いてしまう。 「八島、行こうぜ! 俺らも連携を組んで、俺ら独自のバッテリーになってこうぜ」 「……っス」  セッターの多田が八島の背中を押して、コート外へと誘導する。  すれ違う岸先輩を視線で追えば、「岸先輩、一本お願いします」と篠田に声をかけられていた。  「了解!」岸先輩の笑顔に初めて、絆されないきゅう、とした胸の痛みに襲われる。 「……俺、岸先輩のトスを打たせて貰えないんですか」 「え?」    背中を押して隣のコートに移動させる多田が、手を離す。 「俺、練習でも一回も先輩のトスを打ったことがない。綺麗なトスを打ったって練習にならないからって」 「そうか……」 「でも、多田先輩だって十分に上手なセッターっス。さっきのクイックだって、合わせたこともなかったのにできた」 「っはぁぁー。ちょっとざわつくようなこと言うなよなーさっきからー」  ホッと胸を撫で下ろした多田先輩が、八島の背中を今度は強く叩いた。  内臓が押し出される感覚を伴いながらえずく。「ちょ、叩き過ぎっス」。 「おい、何してんだ」  高崎先生が早く来いと催促し、ようやっと顧問のところまで駆けつけた。 「お前らは、教えるよりも見て感覚で覚えた方が早そうだな。八島は篠田、多田は岸をよく見とけ。アレがお手本といってもいいだろう」  そういって、八島と多田を置いてベンチ側のコートに戻って行った。 「え、俺ら置き去り?」 「みたいっス」 「んだよ、期待の新星も篠田に負けたかぁ」 「どういうことっスか」 「さっきので篠田が一躍レギュラー争奪戦に名乗りを上げたわけだからなー。ま、俺も人のこと言えないけど」  二人は遠巻きにシート練をみるため、その場に腰を下ろした。まだまだ残暑の残る体育館は蒸し器だ。  早速一本目のサーブが打ち込まれる。  それはネットイン(ネットに当たったボールがころっと自陣に落ちる)したボールで、一本目はセッターである岸が触る展開になってしまった。  「篠田! 頼むね」と岸先輩は動じない。予測の難しいボールをできるだけ高く上に上げる。  すると、岸先輩と篠田は完全にポジションを入れ替わり、篠田がセットアップをし始めた。 「おいおい、嘘だろ?! 篠田、セッターも出来んの? つか、どこに上げるんだ? 予測つかねぇ」 「……」  岸先輩は篠田に一本目を任せて、場所を入れ替わると、それで終わりにするのではなく、篠田の方向に走り込んでいた。アレはクイックの走り込みだ。  ベンチ側のブロッカーもセンターに三枚(人)ついて飛んでいる。「なっ、レフトに上がるぞ!! ブロック頼む!」とブロッカーが言う。 「レフト! 低めにいきます!!」  篠田の正解は平行(ネットに平行なトス)で、ブロックは一枚が限界だ。それもタイミングの合っていない、意味をなさないブロックだ。  完全に岸先輩の囮に釣られていた。  レフトスパイカーも言われた通り、速目のテンポを踏んで助走し飛んだ。  ブロックを気にせず打てるということを実感したのか「……ナイストス」とスパイク後にいった。   「やっぱ次元が違うなー! 俺らもあんな風になるまでにどれだけの特訓が必要なんだろうなー。いや、お前はそんなに時間かかんねぇか」 「……いえ。あそこまでのレベルはセンスどうこうの次元じゃないっスよ」  「そうだ。あの状況は普通に考えたら、岸がセッターなんだから、一本目に触れば相手のブロッカーはまず、岸という選択肢を除外するだろう」高崎先生がこちらに歩きながら解説をしだす。   「それにあの見た目だ。スパイク打てなさそうな感じだから尚更だ。なのに、ブロッカーは岸に飛んだ」   「どうしてかわかるか」高崎先生からバレー講座が始まった。    「……それはやっぱり、岸がトリッキーだから釣られて、ですかね」と多田先輩は意見する。   「んーそれもそうかもな。岸は経験豊富で上手だ、という部内の共通認識からバイアスが生じているらしいが、他校のプレイヤーからしてみれば岸の実力が分からない奴もいるだろう」 「確かに。あの身長なら打てても——と考えるかも。岸さんの実力は俺たちが一番よく知っているから、余計に釣られる、と」 「そうだ。俺らの知っている岸ならやりかねない、という岸の性質と囮プレーとが掛け合わさることで、ブロッカーは騙される。その本質は実際に岸のブロックについてみると一番分かりやすいんだけど……。岸が打とうという気概を見せることこそが、囮で一番大事なことだ」  へなっとしたスパイクモーションをしながら、「こんな奴が打つブロックなんて、追いつかなくても守備だけで事足りると考えるだろ」という。 「しかも、岸をよく知っている奴らこそこの術中に嵌まったと言っていい。多田も八島も、岸が本当にトリッキーなことをすると思ったか?」  こちらを見ない高崎先生は、コートに視線を移したまま続ける。 「——いや、忘れてくれ。つかそもそも、岸の奴今のローテーション(自陣のサーバーが変わる毎に時計回りに一つずつ回っていく)だと後衛だぞ」  篠田も多田も盲点だったらしく、「元から攻撃に参加できなかったのか」と声を漏らす。  「きっと、アイツはお前らなら騙されてくれると信じて疑わなかっただろうな。いくら自分の身長が低くても、見知ったヤツがいつもと違う動きをしている。それだけで惑わせるんだからさ」頭をガシガシとかいて、高崎先生は悔しさを顕にした。   「まぁ、それも戦術だし一つの手ではあるが……。岸は岸の役割を全うしている。それだけをしっかりとこなすだけでも、相手への圧力になったり、抑止力になったりするんだから、団体競技って面白いよな。ブロッカーを少しでも翻弄するために、面倒で体力を消耗するだけの囮を岸は全うしたんだ」  「私立に通う君らなら、岸をどう見る?」明らかに八島を見ている。 (……凄いことだけは伝わったっス) 「……多田。お前が八島の面倒を見とけよ。成績も。多分コイツ、まぐれでここの学校に受かったぞ」 「え?」 「……」 「頭でプレーするタイプじゃないらしい。直感タイプに理路整然と何言っても伝わんねぇから、多田がフィーリングで俺の言葉を伝えてくれ」 「そんな無茶な! 俺だって、俺の思う岸のプレースタイルが崩れたところなのに」 「それだけ感じ取れてるなら充分だ。隣みてみろ。頭ん中空っぽだぞ」  「お前なぁ、まじでマグレなんか!」多田先輩は項垂れる他なかった。 「っス。俺も未だになんで受かったか分かんねぇっス」 「おい……」 「ここ、一応偏差値60超えだぞ——」 「授業大変っス」 「一緒にテスト勉強しような。赤点のエースなんて、聞こえが悪すぎる」

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