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第16話

 先輩の横についていた岸先輩の前進を阻止されて、「俺がとる!」と一声を上げた。 「ぅわッ、やっぱ上で限界かも。高良、二段トス頼むよ!!」 「っし分かった! 篠田!! ここはとりあえず向こうに返してくれ!!」  岸先輩の宣言通り、真上高く、変な回転を伴いながらなんとか落とさずに済んでいる。  高さがあり、妙な回転をしているボールは、上や下であっても取りづらくコントロールが難しい。  先輩はそれでもオーバーで上げた。回転もあまりなく、二段トスとしてはお手本のようだ。  それをタイミングよく走り抜いて飛びきる。勿論、ブロック三枚が篠田を待ち受ける。 (近くない二段トスは視界良好だな。お陰で——)  レフトサイドのサイドラインをコースいっぱいいっぱいの打ち分けを繰り出した。相手のブロッカーの誰の手にも触れていない。 「篠田ー。それ、良いんだけど中学生がやりすぎると肩壊すからブロックアウト(ブロックにスパイクしてアウトを狙う)を中心に狙えよー」  顧問は自身の肩を指差して、篠田の身を案じた。  続けて「今の内容は非常に良かったな。つか、岸よく上に上げられたな」といった。  顧問の口から岸先輩を褒める言葉を聞いたのは、初めてかもしれないと思った。 「さすが岸だな」 「いやいや、みんなのフォローがすごくありがたかったよ」 「どこまでも謙虚だなー」 (そうですよ。謙虚すぎます。どうしてそこまで自己肯定感が低いような態度を取り続けるんですか)  だが、岸先輩が褒められた。それだけがとても嬉しかった。 「ナイスキー!!」  にこやかに笑むこの人は何を背負っているのだろう。誰に対しても優しくて、自分の力にはひたすら謙虚で。自分を出すことすらしない。  ただ、チームのために。  「ワン、フォーオール、オールフォー、ワン……」この言葉が浮かび上がる。「一人はみんなのために、みんなは一人のために」。しかし、後半の本当のところは「みんなは一つの目的のために」らしい。  この目的が勝利なのだとしたら、勝つために岸先輩のもっと発揮されるべき個性を殺している。それで良いのか、勝利というものは。  高崎先生の考えていることがわからないまま、結局この次のプレーでは、岸先輩が顧問のサーブで徹底的に狙われ、叱責を浴びる羽目になった。  どのプレーもミスしてはいないのに。  「岸、八島と交代だ」とため息をこぼす。 「八島ー戻れー! 篠田は代打でセッターを頼まれてくれ」 「……っはい」  「篠田、頑張れよ」岸先輩がなんの躊躇いもなく、コート外へ下がっていく。 (僕、先輩の代わりなんてとてもじゃないけど、務まらないですよ——)  バックポジションで岸先輩の背中を見つめていたら、堂々と八島がコートインしてくる。まだ経験も技量さえも岸先輩に劣る八島が。   (まだ……ね)  内心でさえ、八島の急成長を認めてしまっていた。  八島に何か耳打ちをする岸先輩はきっと、アドバイスという名の正解を教えている。 (耳打ちじゃなくて、実践してやれば良いでしょう……。いつも八島と比べられているのに、気にかけて……)  そして、なぜ岸先輩が保護者のように八島を気にかけているのか、あとで嫌でも知らされることになる。

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