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第22話
中学受験を突破した賢い中学生が集う永徳中学。校門の出で立ちからして、まさに私立の名門校である。
車を永徳中学の職員用駐車場に駐車させて、迷いもせずに職員室へ向かう。
「よっ」ドアを開けて高崎を探しながら声をかけた。
日向の声に反応して肩をピクリとさせた人の方を見れば、「ここの教員のように擬態するのが上手いな」と悪態をつく高崎を見つけた。
他の教員も少しではあるが業務についていたので、軽く挨拶をしながら中へ入っていく。
「何度ここに通ってんだと思ってる」
「……何でわざわざここに通うんだよ。待ち合わせでいいだろ、別の場所で」
「馬鹿言え。どうせすっぽかすくせに」
「そんなことした覚えはないけど」
「そうされる前に手綱を引いてやってんだ」
「俺は犬か」
「そうだな、俺の愛犬といったところか」
「それこそ馬鹿言え」
「……元気そうだな」
「……まぁ、部活の顧問が忙しいからな」
「仕事は終わってる」高崎は荷物を片して、そそくさと職員室から出るように促してくる。今ではすっかり高崎の同期として教員の間で顔馴染みになってしまったから、気恥ずかしさもあるのだろう。
齢三十四になる教員同士が仲が良すぎて迎えに来る間柄を前面に押し出しているから、余計に職員室に居づらさを感じているかもしれない。
そんなことはどうだっていい。高崎が部活の顧問を忙しそうにしている事実があるなら、それだけで、今日の訪問は実りがあったというものだ。
先に高崎が職員室を出て、それを日向は後ろからついていく。ふよふよとあほ毛が歩みで揺られている。頭頂部が見えるくらいには高崎より背丈が高い。日向にとってはこのあほ毛の全てが見られる特権だ。
「俺の車に乗っていけ」
「元からそうするつもりだけど?」
振り返る高崎のジャージ姿も、日向からすればご褒美以外の何物でもない。首筋からうなじにかける扇情的なラインに魅せられて、静かに生唾を飲んだ。
幾度となくそれを繰り返してきた日向は、己の自制心の高さが仇になっているとも感じ始めた今日この頃。
「はぁぁ……俺って実はシャイな男子かもしれねぇな」
駐車場に着けば既に教師ではなく同期の顔にシフトチェンジした高崎が、「んなわけねぇだろ」と鼻で笑う。その姿すらも——。日向は頭を抱えたくなった。
「今日も今日とて女子生徒にキャーキャー言われてきたんだろう」
「それは昔からだ」
「はっ、これだから自覚した男前は嫌いだね」
迷わずに助手席に乗り込んでシートベルトを装着する高崎。
「今日もいつもの居酒屋でいい?」
「おう」
日向と高崎はいつも、流行らない居酒屋で飯をたらふく食いながら飲む。
なぜ流行らないのかは、大将が個性的であるということにも一理あると日向は思っている(飯は美味いのだが、大将の目付きがただただ悪い)。
だが、人が寄って来ない店は、高崎が完全にプライベートモードでぶっちゃけてくれるので、此処は重宝している。潰れないで欲しい。
酒も進んでへべれけに酔った高崎は胸の内を素直に吐露する。
日向はこの瞬間がたまらなく好きなのだ。
「俺さぁ、俺のさぁ……俺がさぁ」
「進んでないぞ」
物言いははっきりしちているが、堂々巡りしていることに気づかない高崎は、酒を飲むと高校生レベルのあどけなさを押し売りしてくる。
「俺が……俺は」
「おう」
「俺の克服のために、八島に重荷を任せた」
「おう」
「俺が学級崩壊ごときで、しょげるなんてことしなけりゃ、アイツらのための部活を、青春を作ってやれたのに……」
「……そうか」
「中学生を怖がらないでいいように、心の底から彼らのこれからを応援できるように……なりてぇよ——」
(八島という奴がキーパーソンなんだな)
高崎は罪悪感に苛まれるように酒を煽る。
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