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第23話

「俺のためにも、みんなのためにも、部活に力入れて勝つために頑張ってはいるんだけど、未だにみんなの前で決定事項がしっかりとは言えねぇ……怖いんだよ、怖いんだ……」  ジョッキを持つ手が震える高崎。「記憶に蓋はできても、何かの拍子に開いちゃうから困るってもんだよなぁ」。  それを世の中では「トラウマ」というが、言葉にできなかった。 「高崎のそれは独りよがりなんかじゃなくて、ちゃんと全員のためだ。今悩んでいることがその証明だ」  そう励ましの言葉を紡いでおきながら、「怖い」の言葉に、高崎よりも日向が拳に力を入れて反応する。 「違ぇよ。お前に教師人生を生かされてるんだよ。五年前から今まで」  学級崩壊を起こした後、保護者からのクレームやそこの学校を休職するに至るまでの様々なフォローのことを言ってるのだと察しがつく。  学級崩壊が発覚する頃には、高崎の心身状態は最悪と言っていい程に憔悴しきっていた。だから、日向が後任して、クレーム処理と学級の見直しを徹底して行った。  高崎が苦しい毎日を過ごしたように、怒りに堪える日々を日向は送った。  そして幸か不幸か、日向の体格も手伝って180センチもある図体の教師に、誰も反抗する奴は居なかった。  ひたすらに、高崎が休まなければならなかった子供《がき》たちに憎悪の念を抱かずにはいられない。一瞬の隙を食い物にした弱肉強食の世界の中学校。 (確かに、俺がコイツを楽にさせてやらなかった。中途半端にコイツを助けて延命してまって、それからの五年もの間、教師人生を淡々と歩んでる) 「でも、本当の意味で教育というものを知らないまま教師人生を終える俺に手を差し伸べてくれたことは感謝してるんだよ。本当だ。初赴任先が同じで、同期っていうだけなのに、本当に——」 「……そうだな」  日向もジョッキを煽る。ビールの苦ささえあまり感じないので、喉に流れ込む強いシュワッとした炭酸だけで、欲望も一緒に胃の中に注ぎ込んだ。 (ここがドラマや映画の世界なら、自分の欲望を吐き出しちまっても、その勇姿が美談に映るんだろうなぁ。んでも、実際はここで俺が高崎を好きだからフォローした、なんて言ったら——今度こそ高崎は人間不信になるだろうな)  また、ジョッキを持って……気がつかなかった。泡だらけで中身がない。  「これ、こんな汚い居酒屋ですが、この酒だけはボトルキープがありまして」人相の悪い大将が珍しく声をかけてきた。 「……このボトル、うちで扱っていない——いや、基本どこも扱っていない高級な酒でして。何でも、ここに来た物好きなお客さんが、後日にこれを持ってきて、置いといてくれないか、と。自分はそれを飲まないから、ここに常連のように来る教師さんにあげくれ、とのことでした」  小さめのボトルを卓上におく。「確か、そのお客さんも教師をしていると言っていました……」。 「どうしてそれを俺らに?」  酔いにはまだ程遠い日向が答えた。 「教師をやられてるお客さんが、貴方達のことを聞いてきたのでね。いつも2人で来てくださっているんですよね、とは言ったんですが……まずかったですかね?」 「いえ……俺らもその人が誰なのか見当もつかないので、いいんですけど」 「その酒、光明《こうめい》っていう焼酎なんですが、精米歩合1%の繊細な酒で、一度は飲んでみたいと思った代物です」  高崎はそれを聞いて「俺、繊細なのか?」と大将に苦汁を飲むような顔で問う。目の前には人相の悪い大将が立っている。高崎は完全に酔っているらしい。 「繊細の何が悪い。精米歩合っていうのはな、数値が低ければ低いほど玄米を磨いた米が綺麗なんだよ。1%だからもはやパウダーに近いんだよ」 「お客さん、よくご存知で」 「俺、ビールじゃなくて、焼酎派なんで」 「私も焼酎が好きで知っているだけですが……。精米歩合の40%でも軽く50時間はかかるそうですよ」  「その酒、もらいます」と高崎はボトルと一緒に差し出されていた御猪口を手にする。 「まだ飲めるのか」 「——これは飲まないと損だろ」  それ以上は言わずに大将から注がれる米の香りが強い透明な焼酎を見つめる。  グイッと一気に飲んでしまった。 (精米歩合1%の貴重な酒を……) 「もう一杯、ください」 「ちょ、それくらいに——」  「お客さんたちくらいしか通わないので、また今度来て楽しい酒の席で飲んで見てください。ご覧の通り、ボトルが小さいので、その勢いで飲んでいたらすぐになくなってしまいますよ」大将がいう。 「そうですね。本当は今日、楽しい席を作るつもりだったんですが、まだまだ彼には研磨が必要みたいです。大将、ありがとうございます。また今度、そのお酒を飲ませてもらいますね。あと、それをくださった方が来店した時でいいので、お礼の伝言を頼まれてくれませんか」  「はい、頼まれました」と詮索をせずに頷いた。 「はぁぁ? 研磨ってどういうこったよ」 「今日飲みに誘ったのは、練習試合をしないかっていう誘いだよ。やっと本題入れた……」 「あー! 俺の愚痴を鬱陶しがったな!!」 「いいや、もっと言ってよかったぞ」 「……っ」

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