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第25話——岸大地——
授業内容は聞き飽きた単元ばかりで飽き飽きしている岸に、教師の話はちくわ耳で通り抜けていく。
視線を黒板ではなく、窓の外に移すしか気晴らしがない。
秋の予感を感じさせる紅葉がグラウンドを彩る。「岸ー、聞いてるかー」と教師が声を掛けるので、黒板に視線を戻す刹那。
視界の隅っこ、グラウンドと反対側の校舎の屋上にチラ、と見えた人影に見覚えがあった。
(あ——八島だ。ったく、屋上立ち入りOKなのドラマや本の中だけだよ)
丁度彼が入ってきたタイミングで見つけたらしく、屋上にきたばかりの八島がすぐに寝転ぶ様子をロックオン。
すぐに立ち上がり、お腹を押さえながら「すみません、お腹が痛いのでトイレに行ってきてもいいですか」と迫真の演技で教師の承諾を得ないまま、駆け込むように教室から出ていく。
サボタージュしている八島のもとへ走り出す。無意識的な行動であった。
非常階段を駆け上がり、ゆっくりドアノブに手を掛ける。軋む金属音が、使用感のなさと年季感を教えてくれる。
おそるおそる「ヤッホー……」と八島に声をかけてみる。
「え……。何してんスか。授業中っスよ」
「んー? 授業つまんなくて抜けてきちゃった」
「……此処、立ち入り禁止っスよ」
「八島ぁ、俺、バレても先生に怒られないかも」
「——どうして」
ぽつ、ぽつ、と言葉を返してくれるので、八島の優しさを感じながら、それに高揚している自分自身を自覚する。
寝転ぶ八島の隣に座り込んで、同じ体勢をとった。
「俺、授業真面目に受けてきた貯蓄があるから、いざという時は八島になすりつけちゃおう! って」
「ヤな奴」
「八島も反論していいですよ? だって言論の自由がありますから!」
「……そこまで俺を毛嫌いしてても辞めてやらない」
仰向けに寝転んでいた八島がそっぽを向く。
「辞めないの? なのに、練習試合来なかったの?」
「……」
「八島」
横を向いた八島の背中を叩いて、「どっちつかずは部活を一生懸命やってる奴に失礼だ」と釘を刺した。
岸の挑発にも取れる発言に肩を揺らして反応した八島は、隣で同じポーズを取っていた岸に覆い被さってきた。
「また篠田っスか!!」八島の怒号がよく分からない。
「なんで篠田が出てくるの? 俺は努力してる人間のモチベを下げるようなことをするなって言ってるだけだよ」
「——でも、篠田、篠田、篠田じゃないスか! それに、レギュラーの先輩たちに期待されても、岸先輩は篠田の肩しか持たない!!」
「……、……ん? 今なんて?」
「ッ、だから! 俺とペアとかアドバイスとかはしてくれんのに、一緒に特訓はしてくれない! 俺を勧誘したからなんだ! 入るのも辞めるのも俺の一存で決められる、簡単なことだ! そんなことよりも篠田とは一緒に合わせて俺にはしてくれなかったのなんて、俺を嫌ってる以外に何がある! 新手の嫌がらせか!」
図体のデカさと懐の深さは比例しないらしい。いわゆる「床ドン」をしておきながら、構えと喚く幼子のような目前の男。
センスや才能以前に、精神年齢がまだ中学生になりきれていないところがまた愛らしいと感じる時点で、多田が言っていた「親子」が脳裏に浮かんでは同意しか出てこない。
「……八島、もっかい聞きたいんだけど、バレー。好き?」
「……」
幾秒の沈黙から八島は視線を逸らさずにいう。「岸先輩のお陰で面白いって思えてきたところに篠田推し発覚っスよ」。
「そっかぁ……好きになってくれてるのかぁ……良かったぁー」
「人の話聞いて——」
安堵感から岸の耳がちくわと化す。「俺ね、ちょっとしつこく勧誘した事、後悔してるんだよ」。
「はぁ、またストレートに言う」
「違う違う、ちゃんと俺の話聞いてよ。今度こそ」
「……」
「自分の都合で誘ったんだよ。そりゃ八島のことが人一倍気に掛かるし、罪悪感も湧くよ。分かっていながら誘ってしまった。バレーを好きでもない人に、無理強いして……勝手に期待されてプレッシャーかけられて、辛いよな」
「……」
未だ体勢の変わらない構図に疑問符を抱くが、退く気が感じられないのでスルースキルを発揮させる。
今でも思い出される。「君、身長いくつ? 新入生にしては大きいね!」と八島に魂胆を持って声を掛ける自分を。
これが後悔の念に苛まれるであろうことは考えもせず、私利私欲のために八島を利用したあの日から、岸の後悔も日々は始まる。
「八島ッ!! 何のためのセンターだ!!」と怒号が館内に響いて、反芻しては岸の耳をつんざく。初心者で運動クラブの経験もない八島に、早々と重役を任せる顧問の期待は、岸が思うよりも多大だった。
そして、彼が意外にも負けず嫌いで、思いの外興味のないであろうものにも取り組んだ。
だから、八島が倒れる度に心臓に重く鈍痛が走るような動悸が岸を襲い、八島から目が離せなくなった。
だが、八島の着眼点にはいつも驚かされる。 「……それ、俺にとってはあんまり関係ないっスね」と澄まし顔でいう。
「俺が利用されたところで、辞めるのは完全に委ねてるじゃないっスか。……それに俺もバレーに興味がないのに入部したし——って前にも言ったし」
「……」
「……」
「もう、腹割って話しちゃう?」
八島の顔がなんとなくあどけなさを感じたのは、これが初めてだった。
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