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第26話——八島俊介——

 「じゃあそこ、退かないと」岸先輩の声でハッとする。 「……あの、すんません。頭に血が上ってたっス」  名残惜しい気もしたが、不審がられるので堪えてそこから退く。  今までにない至近距離から、岸先輩のくりくりした目を直視したことで、八島の中で確実に友好的ではない好意が芽生えていることを認識せざるを得ない。 「うん、結局篠田にヤキモチ妬いてたってことだもんね!」 「っ?! そ、そうなんスかね」 「うん、その事も踏まえて話そうよ、いろんな事。それで、さ。今から話すのは俺らだけの秘密にしといてくれる? 誰にも言ってなくてさ」 (俺らだけの秘密……) 「八島?」 「あ、っス。秘密っス」  悪くない響きに気を取られているうち、岸先輩が「本当にバラさないでよ?!」と猜疑心を顕にして、八島の肩を揺らす。篠田よりも心の繋がりが構築されていくようで、揺らされる肩さえ幸甚の至りというものだった。  「言わないっスよ、本当に」と口角の緩みを伴いながらいう。 「頼むよー? これバレたら退部に追い込まれるんだから!!」 「逆にそんな大きな事隠し続けてるの、辛くないスか?」 「まぁ。でも、俺、意外と隠し続けられちゃってここまで来てるからさ。デキる奴なのかも」  岸先輩はそう言うと、八島の肩から手を退かして自身の後頭部に腕を回して手を組んだ。 「八島からの俺ってどんな風に見えてるの?」 「突然っスね」 「まぁまぁ」 「——周りが見えてる人、っスかね」 「うん、それがレギュラーに固執してない理由かな」  「レギュラーに固執してない……」と脳内で反芻させて、特訓を断られたあの日を想起した。 「もっと言うなら、勝ちにも拘ってないよ。今は」  「俺ねー、小学校の頃もバレーしててさ」と誰もが予想のつくことを言っているが、遮ることをせずに耳をかっぽじって聞くつもりで傾聴する。 「一応、全国優勝経験があって、そこのセッターをしていたから、多少の自信があったんだよね」 「へぇ、全国優勝……は?!」 「そ。俺、全国優勝した時のセッターだよ。四年生から六年生までの三年間全国優勝」 「三度も?!」  岸先輩のテクニック的には信憑性のある話だが、身近に覇者がいた事実を知って驚愕する。まさに、開いた口が塞がらない。  それだけの偉業を成し遂げて尚、岸先輩の名を、実力を知らない部員を含めた自分自身を叱咤したくなる。流石は私立だともいえる。中学生には中学受験の学力だけで這い上がってくるのだから、三度も全国の頂上へ連れて行った六人のうちの一人がこの学校に居ても、名は広まらないわけだ。  だが、以前高崎先生から見せられた動画の中の岸先輩が、全国レベルでプレーしていたと考えると、今更ながらに合点がいく。  同じ試合を繰り返し再生しては、岸先輩のセットアップにしか目が行かなかったあの日。ドンピシャのセットアップは素人目に見て、神業のようだった。  「お、八島の表情筋が動いてる」と呑気な岸先輩が、小学生の全国チャンピオン。 「納得だけど、納得いかねぇ」 「あ、失礼だぞー。ま、俺はその自尊心のせいで人間関係が上手くいかなくなったから、納得いかなくていいのかも」 「ジソンシン」 「えっと、ある意味ではナルシストっていうこと!! もう、言わせないでよ恥ずかしい」 「ナルシスト……。謙虚な岸先輩からは想像つかないっスね」 「俺はあんまり思い出したくないよ。自分が嫌になるし、人も怖くなったよ」  岸先輩と視線が合わなくなる。それどころか、そっぽを向かれて顔が見えない。   「俺は切磋琢磨のつもりで、チームメイトに口出ししては否定的なことを言ってたんだよ。面白くないと思われても仕方ない態度だった」

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