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第29話
「あと、お前……岸に変な気……起こすなよ? 俺が来なけりゃ、あのまま……」と最後まで言わずに舌打ちをして、込めた力を緩めた。
(くそ、最初から気づいてて、ドア開ける前に喋るフリしたな)
「……すんません」
「ったく、一人芝居させやがって。そもそも立ち入り禁止ってたって、此処は死角なんてないの分かってんのか? 校舎のど真ん中なんだからよ。岸だって、授業中にお前の存在に気づいて途中でやってきたんだろ、どうせ」
八島も心あたりしかなくて、口を噤む。
「はぁ。別に男同士がダメだなんて次元で離してるんじゃないぞ、赤点エース」多田先輩は手首から提げていたビニール袋から惣菜パンを二つ取り出して、一つを八島に投げた。
食え、と首でいうので、ありがたく受け取る。袋を開けて一瞬でわかるゴボウの香り。口に入れて尚、ゴボウの風味が強いパンチ力で、まさにおかずパンを成立させている。
「お前さ、部活に戻ってくんだろ?」
「……そのつもりっス」
「だったら尚更、協調性しかない岸に悪目立ちするようなことは良くない。まぁ、悪いことじゃないことなんだけど。けど、チームも男同士なわけだからさ。少なくとも、部内がざわついちまうわけだからさぁ」
「……っス」
「マイノリティな思考が受け入れられるのはたくさん時間がかかっちまう」
「……っス」
「あー! 違う違う!! 俺が言いたいのは、岸が好きなのは良く分かったから、学校では距離に気を付けろ!! な!!!」
乱暴に袋を開けて八島を同じゴボウパンを貪る多田先輩。食いっぷりが男らしくて、その様子を凝視してしまう。
「オトン気質っスね……食いっぷりも含めて」
「あぁ!?」
自分よりも目線が低くても多田先輩の気迫に負けて、広い肩を窄めた。
「早くとっとと食え! 今日から戻ってくるんだろ?」
「っス」
「だったら食って、体力とメンタル回復しろ! どうせ放課後練は顧問からの激で参加させてもらえないと思うし」
豪快にかぶり付く多田先輩は「一ヶ月近くサボタージュしてたんだ、今更戻ってきて部内が荒れるかもだろ。だから、顧問は必要以上に激を飛ばして部内の安定を図るってもんさ。八島君、君、授業もサボってたみたいだが、期末考査、知らないぞ」と恐ろしいことをいう。
「それは……多田先輩が教えてくれるって——」
「アホか! 授業を受けた上でじゃなきゃ俺だって賢いわけじゃないんだか——あ、そうだ」
咀嚼をやめた多田先輩は口元にぱんくずをつけて「岸に教えてもらえ! アイツ頭いいぞ、べらぼうに」と好奇心の眼差しを向ける。
何を期待しているのか八島には汲み取れないが、多田先輩がありがた迷惑を企んでいることだけは察知した。
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