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第30話

 多田先輩の後輩イビリのようなやりとりから逃げるため、もっと堪能したかったゴボウパンを口に詰めて、そそくさと屋上を後にした。    岸さんが顧問に呼ばれたことが気に掛かるが、きっと高次元レベルの話をしているに違いない。未だ理論も良く分かっていない八島にとっては耳に痛くなるような話なのだろう。   (パンだけじゃ足りねぇな。教室に戻って飯食お)  教室へ戻る八島の足取りは、心なしか弾んでいた。  待ちに待った放課後がやってくる。体育館へ歩み出し、部室のドア前で立ち止まる。  奥から「この間の練習試合で感じたんだけどさー。勝てはしなかったけど、俺ら、強くなってるよな」と八島のいない間の会話が飛んでいる。   「俺も思ったー。つか、岸がコートに入ると何となく安心感があるよな」 「それな。前から感じてるけど、絶対的な信頼があるよな、岸のプレーは」 「まずミスをミスだと感じさせないしな」  部室で岸さんの品評会が始まったので、中に入ることに躊躇いが生じた。もっと彼の称賛の声を聞きたかったし、何より、八島が入ることで、それが中断されることが惜しい。  ドアの真横の壁にもたれかかり、腕組みをする。 「だから多田がセッターやってるの、正直役不足っつうか……何も岸の代わりをさせる必要はないんじゃないかって思うのは俺だけか?」 「本人も分かってるさ、きっと。てか、レギュラーの総入れ替えで、騒然としてたじゃないか。今更だろ」 「……八島にも同じこと言える気がする。唯一とかじゃない……というか」 「は? マジで言ってる?」  八島の肩が跳ねる。  「それなら、篠田に抜けられる方が痛手だと思わない?」といつの間にかターゲットが変更されていて、さらに心拍数が上がる。重低音がドアの向こう側に伝わりそうだ。 「ま、まぁ、八島がいない今だから言える話だな。センスがあるのは分かるし、運動神経もずば抜けてる。だけど、既に完成されている篠田と岸のコンビネーションは使えるのもまた事実だしな。でも、八島と多田は発展途上で、八島が不在の今、多田を起用し続けるのは俺も……」  個人競技では降りかからない連帯責任の重さを知る。  練習試合の模様を全く知らない八島は、ようやく多田の踏ん張りに気付き、羞恥心に見舞われた。  肩に提げていた鞄を床に落として、それから「失礼します!!」と声を張り上げた。  一呼吸置いて、部室のドアを押し開ける。 「一ヶ月も申し訳ありませんでした!!」  部室にいる数名ではあるが、頭を深く下げる。呆気に取られる部員に構わず、返事があるまで顔をあげなかった。  「お、やってるー?」開けっぱなしだった入り口から岸さんが張り詰めた空気を壊してくれる。 「あ、ちょうど良かった。岸! ちょっと八島の説教頼むわ。俺らじゃなくて、岸が一番心配してたし」 「うん、分かった!!」 「え、何その満面の笑み」  「へ?! いやぁ、説教楽しみやなぁって」岸さんのしたり顔が部内に弛緩した空気が流れ出す。   「八島、鞄さっさと拾ってきて着替えて。話はそれからだよ」 「……っス」 「ほら、動く!」  元から部室にいた部員の表情を気にしていた八島に、既に岸さんの鶴の一声に救い出されてさらに、「申し訳ありませんでした!!」と再度いった。

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