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第33話
(コイツ、岸先輩にさん付けで呼んだ……?)
岸先輩に猜疑心が芽生えることがとめられない。付近の肉塊にも多少の知能があるらしい、「岸さん」と連呼してはこちらに視線を流してくる。
腹の底からふつふつと怒りが沸いて、沸点が徐々に下がってきているのを自覚しながら、一呼吸を置いて「岸先輩。僕、今からレフトからライトにクイック行きます。合わせてもらっていいですか」と肉塊の挑発に乗った。
「え、B? D?」
「Bあたりしか間に合わないと思うので、BとDの間でお願いします」
「了解ー。でもそれって——」
「BとDの間のクイックです」
岸先輩はすぐに攻撃の種類が異なることに気づくが、彼の口からは言わせない。
「お願いします」と岸先輩からの球出しを催促した。
一本目を返し、二本目の準備をする岸先輩を横目に逆サイドのライト方向へ脇目も降らずに走り込んだ。しかし、やはり、予想通りライトまでは間に合わないので、ライト寄りのセンター付近で片足で踏み込み、ワンレッグで飛び上がった。
岸先輩も初めての試みであるはずなのに、なぜか寸分の狂いもないセットアップで篠田をアシストしてくれる。
なので、当然、篠田の移動攻撃《ブロード》はいとも簡単に成功した。
「流石ナイストスでした」とハイタッチを岸先輩に求めた。
「ナイスキーだけど、急にどうした?」
「いえ、全国を目指すのであれば、コレは必須かと思って」
「……まぁ。全国レベルでしかお目にかかれないと思う」
「ですよね。だから、僕はコレもできるので、小賢しいものも戦術の一つとして組み込んで頂ければ幸いです」
「俺、正セッターじゃない補欠セッターに言われても困るよ。それこそ、多田ともよく合わせなきゃ」と話をそらす岸先輩。
「いいえ、あれだけ僕と特訓したじゃないですか。今更すぎません?」
「じゃあ、八島も同じだけできるようになれば、もっと幅が広がるね!」
「……ッス」
八島は不服そうにしているものの、一緒に頑張ろうと言われて満更でもない風に「顧問から俺に上げるの禁止されてるんでしょう」と言っている。
「そうだねぇ、多田ともできるようになれば、文句ないでしょ! 多分」
「俺が何? ってあれ。何そこの三人。何があったの」多田先輩の登場により、さらにややこしくなる。
「え? 別に何もないけど」
「いやいやぁ、なんか怪しいっていうか、なんか昼ドラ的な展開がそこで繰り広げられてそうな匂いしかしないんだけど」
「……多田先輩。うるさいッス」
「おー? 多田大先輩にそんなこと言えんのか? 八島ぁ」
八島の首に抱きついて、「俺もスパイク練にまぜろー」と羽交い締めをし出す多田先輩のおかげで、野次馬と化していた部員もスパイク練に混じり出して、練習が本格化した。
多田先輩と岸先輩のツーセッターで回されるスパイク練に皆が乗り出した頃、「八島、来い」と顧問の静かな怒声が聞こえる。
一瞬でこの場が凍り付いて、顧問の怒りボルテージがMAXなのをアイコンタクトで確認し合う。
駆け足で顧問の元へ走って行った八島の背中がやけに大きく見えたので、元々の図体のせいだと決め込んで練習を再開した。
出入り口付近で説教を開始したらしく、怒号が館内まで響き続けた。
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