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第34話
顧問の激昂は練習が終わるまで続き、まともにコートに顔を出すことはなかった。
おそらく八島よりも部員の方が恐れ慄いていたに違いない。「一ヶ月のサボりって、あのくらい罪深いことなんだな……」と同情を念を寄せているくらいだ。
だが、岸先輩も八島を心配しているのを見て、篠田の同情心はとうに消え失せた。
憤悶とした感情は練習が終わってからも腹の中に留まり続けて、この状態で帰宅するのは家族にも影響を及ぼしかねない。仕方なく、日課になったリフティングを館内で独り、やっつけ作業のようにこなす。
片手、両手でアンダー、二本指、三本指でオーバーハンドパス、と基礎中の基礎を黙々とやる。
「お、やっぱりやってるねぇ」
「……また、岸先輩……」
ボールを拾う姿が、あの日と重なる。「俺、知らないフリしてあげてたんだよ? こうして特訓しない日でも一人、そうやって練習してるの」とボロボロのボールを見る岸先輩。
「壁打ちの日、アンダーの日、オーバーの日と分けてやってるでしょ。この古いボールでさ」
「先輩……」
これ以上の言葉が出てこない。
「自分に課題を課して、それができるまで自主練を続けてたこともちゃんと見てたよ」と言ってまた、篠田を救い上げるのだ。
「なんで、そこまで見てくださってるんですか……」
「なんでって……そりゃ、努力が報われる報われないに関わらず、悔しいから頑張るっていう選択を取れるのって凄いことじゃない? 俺だったら、拗ねて逃げちゃうなぁ」
岸先輩はボールを片手リフティングしながら近づいて、安定したパスでこちらにボールを渡してきた。
「八島の影に埋もれてしまうのが嫌だから、頑張ってるんでしょ? 八島とは違う長所でさ!」
「……そんなんじゃ、ないですよ」
「え、試合出たくて、八島にライバル意識持ってたんじゃなかった?」
「僕は、岸先輩が認められるためなら、僕自身を能力を底上げしてでも積み上げてやりますよ」
「岸先輩、何でこの学校に来たんですか。きっと、転校してでも強豪校に行くことは視野にあったはずです」と篠田はいう。
「……んー、バレーと同じくらい勉強も楽しかったから、かな? バレーなら個人競技じゃないんだし、みんなで頑張ればいくらでも勝機はあるって思ってさ」
「——全国の覇者がいるところなら、そうなってもおかしくはなかったはずなんですよ。少なくとも僕が進学してからしか、動きが見られなかったようですが。……レギュラーに固執していないことと、何か関係しているんですか?」
「——っ、それ、何で知ってるの」
篠田は生唾を飲み込む。初めて、眼光鋭くさせた岸先輩が篠田を睨めつける。
「何で知ってるのって、聞いてるんだけど」と間隔を置かずに聞いてくるので、余程焦っているらしい。
「……辻妻が合うなと考えついただけです。此処に合格したんですから、それくらいの予測は立てられますよ」
(馬鹿《八島》を除いては)
進学してすぐのプレテストで、篠田の席次付近、いわゆる上位には八島の名前がなかった記憶がある。それ以下はもはや、何位であろうと馬鹿者だ。
「それで、どうなんですか?」
岸先輩は変わらず、鋭利な視線をこちらに向けて「俺は、君らを筆頭にバレーを楽しめたらいいなと思ってる。だから、篠田にクイックの提案をし、八島の手本にさせた。お互いがライバル意識を持ってくれたら、高め合えるでしょ?」といった。
篠田は、きっと岸先輩の掌で踊っていたのかもしれないのだと悟る。道化師のように踊らされて——。
(いや、お遊戯の範囲でもないんだろうな。この人、運動もトップレベルなら、頭もトップレベルだしな……)
「岸先輩が戦略の一つとして考えておられるなら、本望です。釘を差しておくと、多田先輩を蔑ろにするわけではありません。ただ、岸先輩もコートに立つ方法を一緒に模索し、視野を広げて欲しいんです」
「そうだよ。俺も近くで君らの飛び交う姿を見たくなった。だから、こうして、八島と篠田に強制的に切磋琢磨させようとしてるんだよ。ただ、それを前面に押し出すと、周りもビックリするでしょ? 思惑と実際は意外と時間の感じ方が違うもんだよ。だから、八島と篠田を目立つようにランバル意識を持たせるんだけど、僕はそのどちらのサポートもできる。これ以上のアピールってある? そうすれば俺を補欠セッターからベンチになんて下ろせないでしょ」
「なるほど」そう答えるしかなかった。
現状の篠田では、理解しえないところまで想定範囲を広めていた岸先輩に、脱帽するほかない。
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