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第35話

 残暑厳しかった時期も終わり、いつしか篠田と八島は二年に進級、岸先輩は最上級生になった。春先の冷たい風と日中の陽気な天気に左右されながら、永徳中学男子バレー部は、直実に夏の中体連に向けて完成が近づいていた。  だが、篠田には不服しかない。  六人のシート練に岸先輩がいないのだ。未だ、多田先輩と八島のペアがバッテリーを組んだ状態だった。  岸先輩とコンビ状態だった篠田自身は、なぜか単体でレギュラー入りを果たしていた。  顧問の高崎先生も相手チームに加わり、ラリーをするようになってからは、岸先輩は補欠チームのセッターとして固定される始末だ。それでも、岸先輩があまり悔しそうにしないのが腹立たしい。  毎日のように篠田のいるネットの向こう側で楽しそうにする岸先輩の気を引きたくて、多田先輩と八島の連携を妨害する。  しかし、それも無駄足を踏むだけで、「いい囮だった」、「セッターの意思を揺るがしてこそスパイカーだ」など顧問が太鼓判を押してきたのだ。    八島から奪い取ったトスを打ち込み、センターにいるデカブツは仏頂面しながら、篠田を凝視する。おそらく、文句の一つでも内心で垂れ込んでいるのだろう。    「多田先輩、僕には低めのトスをお願いします。僕はスピード勝負したいんで」と先輩に頼み事をするにもつっけんどんに言う。 「あ、ああ。すまんな。お前だけ充分に打たせてやれてなくて」 「いえ。僕も移動攻撃《ブロード》ばかり練習してきたせいで、オープントスは何か苦手になってしまって」  八島への皮肉は、呼吸をするように次から次へと出てくる。    「篠田! 多田とも連携を練習すればいいだけだろ! そうツンケンするな!!」と岸先輩のお咎めが、もはや茶番だ。 「——岸先輩なら、上げられるでしょ」 「……っ!!」 (その顔を顧問に見せてやりたいですよ)  岸先輩さえ一瞥した後、「多田先輩とも練習したいので、次、球出しお願いします」と話の腰を折る。 「球出しちょっと待て」  顧問が制止を促して、「八島と岸、交代だ」とまた、嫌な組み合わせで交代を宣告した。    ネットを潜って交代する二人を側で見るしか出来ないでいると、「高崎先生にトス上げてもらえ。んで、篠田を集中的に狙って。いい?」と口裏を合わせていた。   (裏をかくならまずは味方からって言うけど、岸先輩はちょこざいなことしてくれますね。僕が狙われて、攻撃に参加できなければ、コンビの速攻は使えない。ということは、あくまでセッターポジションを奪取するつもりはない、と) 「ナイストス、お願いしますよ」 「……俺にそれ言う? 八島の代打でここに来たんだけど」 「多田先輩にも言ってます」  「セッターを岸にして、多田は篠田のポジションのライトに。篠田はセンターから」顧問が追加で注文をしてきた。ほくそ笑む口角が下げられない。  八島がど真ん中にいる篠田を狙って打ってくるはずだ。最近はとくに、岸先輩への八島の懐きっぷりが凄まじい。  「サーブは篠田狙いで」サーブの定位置についた部員に指示して、顧問も堂々とロックオンしてきた。 (上等だ)  飛んでくる無回転のサーブは空気抵抗を受けて、大きくブレながらも篠田目掛けて飛んでくる。   (僕が何のために、特訓をしてきたと思ってる!!)  ブレ球を下《アンダー》で捌かずに、上《オーバー》で駆け上がりセッターについた岸先輩に二本目を託した。それも、低くて乱回転が入った最悪なボール。 (岸先輩ならどんなボールにも対応できる。——できるからこそ、難しいボールに難しい要求をされたら……)  篠田はAクイック助走に走り込んだかと思えば、切り返して岸先輩の裏まで全足力で移動し、片足跳《ワンレッグ》びで踏み込んだ。もちろん、打ち合わせはなしだ。  ここまでに岸先輩との打ち合わせは一切ない。もし、上げられなくて他へトスを回してもいい囮として篠田が効いてくるのは間違いない。  なぜなら、篠田はこの難しいボールに岸先輩が対応し、移動攻撃《ブロード》を合わせてくると信じて疑わないからだ。 (——来た!!)

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