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第36話
補欠チームのブロックについていた八島や顧問を地に足をつけさせたまま、読み通りのトスを叩き落とした。
唖然としている八島を肴に篠田は「ナイストスでした」と岸先輩にタッチを求める。
顧問も流石に岸先輩をスルーするわけにはいかなくなっただろう。
口の端から「その攻撃手段は良かった」と漏らす。
「——篠田。今の」
「多田先輩は元々スパイカーですよ。高良先輩と多田先輩、それから僕の三枚攻撃で十分です」
岸先輩も篠田の釣りに気付いたらしく、言い得ない表情で「多田は一年間セッターの練習してるんだから、今更だよ」と言い返す。
然程耳に入れない篠田に、岸先輩は食いついてセンターポジションに戻っているのについてくる。
「そうかも知れませんね。でも、少なくとも今ので岸先輩のアピールにはなったでしょう」
八島がネットの網目越しから威圧的な雰囲気を醸しているが、今の篠田には肴が美味くなるだけだ。
「次は、どういうトスを上げてくれますか?」あの岸先輩を操っている気分になって、高揚が止められない。
「八島、篠田と交代。戻れ」
顧問は先刻の圧倒された表情を既に引っ込め、次の戦略作りに入っているらしい。腕組みをして「セッターのポジション変更はなしだ」という。
内心で舌打ちを盛大に鳴らした後、ネットの下から潜る。すれ違う八島を流し目に煽ってみる。「さっきの、僕は岸先輩と何度も合わせて成功させた。でも、お前なら以前のクイックを一度見ただけでできたんだ、今回だってできるんじゃないか?」。
「今回合わせるのは、セットアップに不安の残る多田先輩じゃなくて、あの岸先輩だし」と一応のクギを刺しておく。
八島は部内一の鬼の形相で「当たり前だ。お前が苦労するなら、俺は一発だ」というのだ。
ネットを介した二人は互いに背を向けセンターポジションまで下がっていく。
篠田は顧問やベンチのメンバーに今の顔を見られるわけにはいかず、慌てて口元を隠した。
(危なかった……思わず笑ってしまうところだった。アイツ、本当に馬鹿野郎だ。僕がアイツを皮肉でも賞賛の言葉を向けるとでも思ったのか? まんまと釣れやがって。移動攻撃《ブロード》は初見でどうにかなる問題じゃない。いくら岸先輩がどうにかできる能力があっても、スパイカーの入るタイミングが少しでも遅れるようなら、それは移動攻撃《ブロード》ただのセミのクイックに成り下がる。だから、次八島が速攻に入るようなことがあるなら、僕は顧問のブロックを奪ってでもブロックして見せる。そして、それが可能な域に落ちたんだよ、さっきの会話で)
「それでもって、失敗すれば移動攻撃《ブロード》は僕と岸先輩のコンビしか使えない事実が明るみになる。もし、成功したとしてもタイミングの遅い速攻が八島から来ると分かっている今、僕の絞るべき的は一つだ」
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