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第37話
ベンチ側のサーブが出される前に、再度ネット際に寄って、セッターをしている顧問に「サーブが出たら僕がブロックについていいですか」とポジション変更を申し込む。
こちら側は補欠メンバーで構成されたチームなのだから、柔軟にポジション変更しても許されるというものだ。
「……いいだろう。じゃあ、岸はセットアップについて、条件を解除する。好きにトスワークしろ」
顧問の返事は想定内だ。
そして、お待ちかねの相手コートからの攻撃が来る。
——至極当然、八島が岸先輩にトスを要求する。
これもまた想定の範囲内の入り方をする八島。
入りが甘い。そして、遅い。
スピード勝負の攻撃手段に緩慢な動きは一瞬あってもタイミングを失う原因になる。
顧問とポジションを入れ替わり、八島だけを捕らえる。岸先輩のセットアップを見ていたところで、どこにあげるかなんて判断材料にならない。
それほどギリギリまでどこに上げるかわからないフォームなのだ。
篠田はベストタイミングでブロックに飛ぶ。
最初からくる位置、タイミングが分かっているのだから、あとは八島の飛んでくる高さに合わせて精一杯飛ぶだけ。
そして、バシャ、と気持ちの悪い音がする。ネットに引っ掛けたのだ。
篠田が目一杯飛んだが、それは杞憂に終わる。想像していたよりも酷い結果だった。
「ゴメン八島、もう少し飛んでるものだと思ってた」八島に謝罪する岸先輩だが、彼に落ち度は一つもない。
これで顧問は考えざるを得ない。
ネットの向こうで悔しがる八島と、こちらで燻っている篠田。そのどちらを使うのが正解で、どのコンビを使うのが最適解か。
「岸先輩。僕の時はあれぐらいが最高にいいんですけど、ソイツは初めてなんで多分低めにした方が良かったのかも知れないです」
「でも、それだと高さがなくなるんで、ソイツの身長を潰すことになりますし、八島が打つメリットがない。デメリットが多すぎませんか」と付け加える。
岸先輩は八島と違って馬鹿ではない。残念がなら、二度も高度な連携を中学生レベルでするメリットの少なさをよく理解しているだろう。
ハイリスクハイリターンの技を二度連続で繰り出すのはよほどの派手好きだ。
苦虫を潰しながら篠田の煽りに耐え、眼光鋭して刺し殺さんばかりに睨む八島。
「まぁ、そうかもしれないけど」
岸先輩が口を開く。顧問は基本的にいざこざに対して口出しをしないのが、篠田にとって都合がいい。
「でも、今この時間って練習日であり、練習時間だよね? だったら、合わせてもデメリットはないよ?」
「——っ!!」
「試合じゃないもん。練習の時に失敗しないで、いつ失敗しとくのさ」
「で、でも! 中体連近いんですよ?!」
篠田の中で警鐘が鳴っている。イレギュラーな返しにムキになっていくのは自覚しているが止められない。
「中体連は毎年ある。毎年チャンスがある」
「……っ、そう、ですけど!!」
(何なんだよ、本当にこの人はレギュラーに固執してないんじゃないか! ちょっと試合に出てみたくなったなんて、八島を目の敵にする僕の視線を逸らしたいだけだったのか?!)
しかし、ここで多田が介入する。「おいおい、俺らにとっちゃ今年が最後の中体連なんだけど。なんかすぐ負けるからっていう風に聞こえるぞ?」。
岸先輩は思いの外沈黙を作る。それは肯定と捉えられてもおかしくない態度だ。
「えーっと、俺ら最後の中体連のために、みんな高め合ってきたのはよく分かってる。だからこそ、俺も残していけるものがあるなら、今のうちに残したいなぁってだけだよ。だから、えっと——」
ようやく紡ぎ出された言葉はつぎはぎで繋がった布のように、元々の形があったものを持ってきたような仮初めの匂いがした。
「そうだな。俺らが部活に専念し出したのは、あくまでコイツのおかげだしな!!」
多田先輩が八島の肩を組んでにか、と笑う。
「良い意味でも悪い意味でも刺激になったし、俺らの中体連は勝ちにこだわるというよりは、この刺激を下の代にも繋げていく事だな」
「多田がちょっとキャプテンぽいこと言ってる!」高良先輩が冷やかしでいうが、多田先輩はみんなの面倒を見るオトン気質のキャプテンだ。彼は最初からリーダーに向いている。
「よーし! お前ら! 俺らが引退しても八島たちが率いるチームになったら、俺らが戦ったレベルよりもさらに上に行け!! そんで今年よりも良い戦果をあげてくれ!!」
この一言で、士気が高まる。多田先輩が言うからより効果覿面だ。
(多田先輩がサラッと持っていってしまったな)
顧問が口を挟まなくとも、永徳の男子バレー部は結束力の高いチームらしい。それぞれの思惑が違うところにあろうと、それをひとつに束ねてしまうのが、キャプテンであり、多田先輩だった。
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