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第38話——岸大地——

 篠田に嵌められて、思わずまだ顧問にはお披露目していなかった移動攻撃《ブロード》を上げてしまった。しかも、難しいセットアップで成功させてしまったので、バツの悪さが込み上げてくる。  あろうことか、篠田と交代した八島までも躍起になってコンビを要求してきたのだ。「岸さん!! さっきのやつ!!」。  以前、セッター初心者であった多田が八島の横暴な要求により、難度の高いトスを上げさせられ他ことがある。そして、傍若無人とも取れる態度をした八島はというと、初見でクイックのタイミングで飛んで見せた。  だから、彼の成長ぶりとセンスの高さに目を奪われ、篠田の時とはまた別のしっかりとした意志を持って、八島に移動攻撃《ブロード》用の速さと高さのバックトスを献上した。  篠田のものをお手本として、コピーしてくる、そう信じていたのだ。  結果はネットにかけてしまうお粗末な速攻と成り果てたのだが。  岸の周辺視野に映る隅で、篠田が八島を完全にマークしていたことを知っていた。セッターである岸に見向きもせず、八島の動きだけに注視していた。  岸は入りの遅い八島とタイミングを合わせようと、反則のホールディング(ボールを持ってしまうこと)を取られるギリギリまでボールを指に吸い込ませ我慢していた。  だが、いつも八島が飛んでいる高さと移動しながら片脚《ワンレッグ》で飛ぶことを加味しながら上げたトスは、八島の腕力を持ってネットの白帯に叩きつける結果となったのだ。  篠田と八島は以前から犬猿の仲であることは、もはや部員の中でも周知のこと。だが、今回は篠田がやたらと目の敵にしては侮辱するような言い方が目立つ。  岸が八島の肩を持てば持つほど、それは苛烈さを増す。  言わんとしていることは汲み取れている岸にとって、ありがた迷惑だと感じるほどに。  中体連が近くなった今日この頃の練習終わりは、疲労やプレッシャーでピリついていた。岸たちが今年最後の夏だと言うことを、皆が意識して練習をしてくれている証拠だ。  そんないつ綻びを見せるか分からないチームを一つにまとめあげた多田の発言力と統率力には、ひたすらに尊敬の念を抱く。  ——岸の思惑を知っているのは八島だけだが。 「岸さん。お疲れっス」  練習着から制服に着替え終わった八島が、まだシャツの着替えが残っている岸に声を掛ける。 「あ、練習付き合おうか?」  岸はさしづめ、先程の移動攻撃《ブロード》の件だと思っていた。交差させた腕を止め、「もう少しで皆帰るはずだから、その後に合わせてみようか」と着替えを中断して笑顔を見せる。  すると、八島は俯いて舌打ちをした。 「岸さん、ちょっと」  「え」と驚きをする間にも腕を掴まれて、普段は使わない男子更衣室に連れ込まれた。男子しかいないバレー部はわざわざ部活で更衣室を使わない。

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