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第39話

 八島は連れ込んだのに、言葉を発しない。ただ、俯いて苦虫を潰し続けている。 「八島、どうした?」  努めて柔らかく尋ねる。 「……篠田とのコンビ……。あんな高度な” お手本” 見せられて悔しかった」  「お手本」という言葉に岸は肩が跳ねた。たしかに、岸の口から篠田をお手本にして様々な技術を体得させようとしていた。  しかし、実際あのセットアップは、自身の意思によるものではなかった。  「あ、あんな無理くり出したようなトスが毎回決まるわけないからね! だから、アレはお手本じゃなくて、あんまり良くないお手本だよ」というしかない。  ——篠田に引っ張られたなんて、口が裂けても言えない。八島には。 「あのね、俺が篠田をお手本にしたのは、お互いがいがみあってるから、そこをちょっとだけ利用しようと思ったからなんだよ。犬猿の仲だけど、互いに負けられないっていうライバル意識に似たものがあるし、逆手に取れば勝手に高め合うようになるんじゃないかなって」 「……」 「いやぁ、結構上手く行ったんだけど、篠田が思った以上に張り切ってさぁ」 「岸さん!!」  潰していた苦虫が余程苦いのだろう、ようやく顔をあげて「……俺、アイツの言葉にいちいち反応しちまう。アイツの口から岸さんの名前が出る度に嫌な汗が出るし、苛立つし——岸さんにも腹立ってくるんスよ」と苦さに眉根を寄せて耐えている。 「俺の陰で岸さんは部活をしたい、そう思ったから俺を入部させたんスよね」 「……その件は本当に——」 「今、罪悪感とかそんなのは後ででいいっス」  複雑な感情に支配されているらしいが、その中でも苛立ちが勝っているようで、岸の腕を掴んだ手に力が篭っていく。 「だったら、アイツをお手本とするの、辞めようとは思わないんスか」  「いつからそんなことを思い始めたのかは分からないっスけど、アイツが岸さんとコンビ練習したおかげでレギュラーに入り出したのは岸さんのお陰っス。なんか、裏エースだかなんだか知んないけど、俺が後衛に回った時のエース。でも、岸さんは? それこそ岸さんの入るとこがあるとすれば——」とここまで言ったくせに、八島は言葉を飲み込んだ。  この後に出る名前が二人とも迷惑をかけた自負がある相手だからこそ、余計に口から出てこないのだ。  岸には八島と多田がどんな話をしてきたなどこれっぽっちも知る由もないのだが。 「そんなのところのポジションを堂々と岸さんが獲るようには思えない」 「奇遇だね。俺も同じこと考えてた」  「でも、誰も多田のセッターが下手なんて思ってないよ」岸は柔和な顔でいう。 「今日は篠田が多田に対して当たりがキツかったけど、それは知らなかっただけなんだよ」  八島が力んでいる手に視線を落として、やんわりとそれを外してもらいながら、岸は若干のニヒルさを見せ笑った。  「多田もクイック四方向、それからさっきの移動攻撃《ブロード》のトスは、もう上げられるんだよ」。

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