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第9話 双子の弟

◇◇◇  何て失礼なやつだろう。  怒りがおさまらないまま靴を脱ぎ捨てて、陽斗は廊下の先にある光斗の部屋へと向かった。  古い家の奥には、特別に作られた小部屋がある。気密性が高く、防犯にも優れた四畳半の遮香室だ。頑丈なスチール製のドアの前に立ち、インターホンを鳴らして「今帰ったよ」と告げると、中にいた光斗がリモコンで操作したのだろう、ガチャリと音がして電子錠が解錠された。  そっとドアをあければ、部屋の中から発情期特有のオメガフェロモンがただよってくる。甘くて濃厚な香りは、弟の光斗のものだった。 「……おかぇり」  ベッドに横になっている光斗が、ほてった顔で手を振る。手にはスマホが握られていた。 「何してた?」 「海外ドラマ観てた」 「そか。じゃあ入るよ。どう? 具合は」 「めっちゃ発情してるよ~」  自分とよく似た弟が、ふにゃりと笑う。陽斗はその枕元へと近よった。 「苦しそうだな。まあ、まだ二日目だから仕方がないか」  汗ばんだ額にかかる髪をすきあげながら言う。  光斗と陽斗は一卵性の双子だ。だから顔のつくりはよく似ている。けれど雰囲気はまったく違っていた。  陽斗がスポーツ少年のような外見を持つのとは異なり、光斗はもっとやわらかくて愛嬌のある見た目をしている。性格も弟は人あたりがよくて優しい。  そして何より違っているのは、陽斗には発情がまだきていないのに、光斗は十一の時に最初の発情期がきて以来、毎回重い症状に悩まされていることだった。  光斗のフェロモン型は特殊で、体質にあう抑制剤がなかなか見つからず、そのため発情期に入ると遮香設備の整った自室にこもらねばならなくなる。今は大学の英文学科に通う三年生だが、オメガ特例を利用して休みながら通学していた。

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