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第26話

「父と僕は、主従の関係でしかなかった。愛された記憶はない。だから、家族愛とか兄弟愛とか、そういったものは見当がつかないんだよ」  それを哀しいこととは思っていないようで、至って普通の口調で言う。そしてロックのグラスを空けた。  陽斗は目の前に立つ、魅力あふれる男を見あげた。何もかもを手に入れて、幸福しか身につけていないような人だけれど、見た目だけではわからないものだ。 「君がそれを教えてくれると、嬉しいな」  そんなことを言われて、すげなく断れる冷淡な性格でもない。  陽斗はスツールをおりて、カウンター内に入り、男の横に立った。 「今度は、俺が作ってやるよ。何か飲みたいものある?」 「え」  いつも光斗の世話をしているせいか、もてなされるよりもてなすほうが性にあっている。   「そんで、一緒に飲もう」 「陽斗君……」 「俺たち、なんか、共通点とかありそうだし。親のこととかさ。もっと話をしよう。あと性格なんだけどさ。あんたさっき、自分を大人しくて従順に作られたロボットって言ったけど、割と行動的だと思うよ。それに自己主張強いし」  高梨が目をみはってこちらを見てくる。 「愛とかって、どこにでも転がってるもんだと思う。見つけようと気をつければ、人間関係の中に、チョコチョコ落ちてるもんだよ」  グラスを出して、調理台の上にならべる。陽斗のそんな姿を見て高梨はふっと頬をゆるめた。 「そうだね」  甘い笑みが戻ってきて、陽斗は居心地悪さと同時に安堵を覚えた。自分はいったい、この男を喜ばせたいのか、それとも避けたいのか。わからなくなり始めている。  ふたりでグラスとボトル、それに氷の入ったアイスペールを持って、リビングのソファセットに移動する。光斗に『ちょっと遅くなる』とメッセージを送ったのは、何時ごろだったのか。  高梨の仕事のことや、自分の将来つきたいトリマーの説明などをつらつらと話しているうちに、酔いが回った陽斗はいつのまにか意識を手放していた。

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