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第38話
陽斗の脳裏に、この前、家の外で光斗に間違われて暴漢に襲われた出来事がよみがえった。そのことを警官に伝えると、話を聞いた後に提案される。
「じゃあ、被害届を出しますか? もしかしたら偶然あたっただけで、襲われたというのは弟さんの思い違いかもしれませんが」
警官の物腰は丁寧だった。けれど、ただ規則に従いきいているだけという気もした。オメガがらみの事件は、大抵そういう風に扱われるからだ。
だから陽斗も、数日前に暴漢に抱きつかれたとき警察に通報しなかった。『フェロモンをまき散らす方も悪い』『どうせお前もしたかったんだろ』『だらしない下半身を持つ人種』そんな偏見が、世間には満ちている。
「お願いします」
それでも今回の件は放っておけない。光斗の発情期は二日前に終わっている。なのに襲われたということは、この前の事件と同一犯という可能性がある。陽斗は身分証と印鑑を携帯していたから、そのまま警察署に光斗と共に移動した。
警察署の個室で警察官に事情聴取をされるときに、数日前、家の前で抱きついてきた痴漢の写真も見せる。ブレて顔の形はハッキリしていなかったが、一応それも証拠として差し出し被害届を書いた。
数時間かけて届けを出した後、警察署を後にする。ふたりともその頃にはぐったりと疲れていた。外はもう暗かったので家路を急ぐ。
「一緒にいて、助けてくれた友人は?」
「抜けられないバイトがあるからって、先に帰ったんだ」
「そうか。じゃあ今度お礼をしなきゃだな」
「うん。そうだね……」
ふたりで身をよせあって我が家に向かう。こんなときの心細さは、何にも例えがたい。互いにオメガで身よりもないから片方に何かあったとき、頼りになるのはもう片方だけだ。
「陽斗、ごめん」
「え? なにが」
「オレがこんなんで、いつも迷惑ばっかりかけて」
「何いってんだよ」
光斗がシュンとした様子でうなだれる。
「昔っから、陽斗には助けてもらってばっかりだね……」
悲しげに俯く姿に、陽斗は初めて光斗が発情期を迎えた日のことを思い出した。
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