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第39話

 あれは四月の終わり。桜が散って、若葉が芽吹くころだった。  当時小学六年だった陽斗と光斗は、双子ということで別のクラスでそれぞれ授業を受けていた。 『陽斗君、光斗君がいなくなっちゃったの。どこか心当たりはない?』  光斗のクラスの担任が、陽斗の所にやってきたのは四時限目の終りで、光斗は授業中、トイレにいきたいと席を立ってそのまま姿を消したという。  先生たちが大慌てで探し回る中、陽斗はもしかしたらという予感を覚え、先生に断ってから自宅へと向かった。  光斗は数日前から気分が悪そうだった。風邪の引き始めのような顔をして、けれどそれを懸命にこらえていた。  急いで帰宅した陽斗は、家の中から甘い匂いがすることに気がついた。匂いをたどって、奥の座敷へと向かう。押し入れの襖をあけると、光斗は布団の中で怯えながら泣いていた。オメガフェロモンを漂わせながら。 『お願いだからお母さんには言わないで。叱られるから』  どうやら光斗は、発情すると母親に怒られると思いこんで隠れていたらしい。発情期がきたら保健室にいくようにと指導されていたにもかかわらず、パニックに陥った光斗はランドセルもそのままに、誰にも告げず逃げるように帰宅したのだった。  陽斗は泣きじゃくる弟をなだめ、学校から連絡を受けた母が仕事から帰ってくるまで背中をさすり続けた。そして帰宅した母に事情を話した。  もちろん母は怒ることなく医者を呼んで対処した。彼女は厳しかったが息子を愛していないわけではなかったから。  発情で苦しむ間、陽斗はずっと光斗の手を握って元気づけた。 『頑張れ、光斗』 『苦しいよ、つらいよぅ、陽斗』 『大丈夫。そばについててやる。だから頑張れ』 『うん』  真っ赤に火照(ほて)った頬に、涙を一杯にためた目。苦しみに唇を引きむすぶ弟の顔は、今も鮮明に憶えている。  あの日以降、光斗は陽斗に対して、絶大な信頼をよせるようになった。発情期がくれば陽斗の手を握り、背中をさすってもらい苦しさに耐える。『陽斗がそばにいれば楽になるんだ』と光斗は言う。  だから四年前に母が亡くなってからは、発情中の世話は陽斗が一切を担っている。いつか光斗が幸せに暮らせるようになるまで、責任を持って弟の面倒をみるつもりでいた。

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