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第43話

 ファン、と短いクラクションが一回。周囲を気にするように控えめに、しばらくしてもう一回。陽斗の部屋の下から聞こえてくる。陽斗はベッドからおきあがり、窓をあけた。  すると、生け垣の向こうに黒い車が一台とまっているのが見えた。 「……あれは」  胸騒ぎを覚えて、陽斗は部屋を飛び出した。階段をおりて玄関に向かい、鍵をあけて外に出る。門までの短い距離を駆けていき道路に踏み出すと、その先に見覚えのある外国車があった。  車の横に背の高い男が立っている。街灯の青白い灯りを浴びて、まるで絵のようにたたず んでいる。陽斗はフラフラとそちらに歩いていった。男が陽斗を確認して、温かな笑顔を浮かべる。そして「おいで」というように両手を広げた。 「……なんで」  なんでここに。  拒否する気持ちは微塵もわかなかった。それどころか吸いよせられるように、男の腕の中に向かっていた。気づけば、ぽすん、とかるい音がして、陽斗は高梨に抱きとめられていた。 「大丈夫?」  SNSに書きこめばすぐに迎えにくるよと、この前、男はそう言った。けれどいくらなんでも早すぎるだろう。でも今は、その光のような素早さがありがたかった。 「何かあった?」  蕩けるような甘い低音でたずねてくる。両手は陽斗をしっかりと抱きしめていた。 「……面接に」 「うん」 「落ちた。……最後のいっこで、絶対採用されたいって、賭けてたのに」 「そう」  高梨は香水の類いは使っていないらしい。スーツからは都会の(ほこり)っぽい空気と、人混みと車のシートの匂いがした。一日懸命に働いてきた人の匂いだ。それが自分を守ってくれる鎧のようで、陽斗は男の胸で素に戻っていた。

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