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第71話

「それから、一度、引越しを依頼したことがあるんだ」 「え?」 「知り合いの七十代女性が引越しを考えているというから、協力してもらって、君の会社に、こっそり君の担当でお願いした」 「まじで」 「三ヶ月ほど前だ。資産家の女性で、君は苦労したはずだよ」 「……あ」  思い出した。たしかに三ヶ月前、陽斗がリーダーで受けた引越しがある。あれは大変な仕事だった。 「君の部下が、作業の途中で、高価な陶器製の人形を落として傷つけてしまっただろう」 「うん」  彼の説明に、そのときの苦い経験がよみがえる。入ったばかりの新人が手を滑らせて、陶器のレースがふんだんについた西洋人形を床に落としてしまったのだ。それでレースが一部欠けた。 「あれには参ったです。依頼者はカンカンに怒るし、新人は死にそうな顔になるし。保険は入っているから補償はできるとはいえ、事務所に戻ってからの面倒な処理を考えると俺も死にそうになった」  陽斗はフォークをおいて額を押さえた。 「あのとき、僕は彼女から電話をもらって、実は現地にこっそり様子を見にいっていたんだ」 「え? そうなの?」 「ちょうど日曜日だったしね。かるく変装して彼女の新居へ向かったんだ。作業が終わって家を出てきた君は、部下と一緒に彼女に何度も頭をさげていた。それを僕は物陰から見ていた」 「まじでかぁ」  格好悪いところ見せちゃったなあと恥ずかしくなる。手で顔をおおった陽斗に、高梨は微笑んだ。

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