73 / 158

第73話

「けど、あのときの、君の明るい微笑みを見て――」  高梨が銀灰色の目を細める。 「自分には、人として大切なものが欠けているんじゃないかと、気づかされたんだ」  じっとこちらを見つめる眼差しには、わずかに淋しげな影があった。 「君の笑顔は、落ちこんでいる人間には最良の薬になるであろう、魅力があふれていた。僕は家に帰ってからも、君の笑顔が忘れられなかった。太陽みたいな笑顔は、他人を思いやるという考え方が欠落していた僕には眩しすぎた」 「……」  褒められて嬉しかったけれど、彼のそのときの心情を(おもんぱか)れば、何となく同情も覚えてしまう。この人はもしかしてずっと孤独だったのではないのだろうか。何もかもを手に入れて成功したレア・アルファだとばかり思っていたが、そばにいて優しいアドバイスをしたり、無償の愛情を注いでくれる人はいなかったのか。  父親からの愛は得られなかったと言っていたが、それ以外の人との触れあいも乏しかったのだろうか。 「その出来事があってすぐ後に、僕の方でも取引で大きなトラブルに見舞われたんだ。同じように部下のミスで」  高梨が少し前を思い出すようにして言う。 「ちょうどテレビ番組の取材が入っているときで、僕は面倒なことになったなと、内心、苛ついてしまったんだ。普段だったらきっと、その部下に対して冷ややかな態度で接しただろう。カメラが回っていても、それが間違いだとは気づかずに」  ワイングラスを手に、緩やかに揺らしてみせる。 「けど幸運なことに、そのときの僕には君がいた。僕は、君がしたのと同じように部下に笑いかけて、ミスの対処方法を一緒に検討したんだ。そうしてそれを実践した。すると、予想していたよりもずっと効率的に、しかも早い時期に問題は解決した。テレビクルーも喜んでいたよ。いい場面が撮れたって」

ともだちにシェアしよう!