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第85話

「はい、これ」 「ありがとう、すいません」  冷たいボトルを受け取って礼を言う。 「じゃあ、眠るまで横についててあげたいけど、そうもいかなくてね。おやすみ、ゆっくり休んで」 「ん。高梨さんもね」  陽斗の寝乱れた髪をなでつけるように何度か()いて、名残惜しそうな顔で高梨は部屋を出ていった。  残された陽斗は、冷たい水で喉を(うるお)しながら、こんな夜中まで働くなんて企業の最高責任者という仕事は大変なんだなと気遣う気持ちになった。  翌朝はやはり、彼は陽が昇る前に陽斗の部屋にやってきて、キスをひとつ落とすと出社していった。  そして夜は、八時すぎに帰宅して一緒に夕食をとった。  高梨の生活はそんな風になっているようで、平日は朝早く家を出て、夜は不定期な時間に帰ってくる。遅くなることもあったが大抵は一緒に夕食をとり、その後、陽斗の部屋で治療目的の一時をすごすのだった。    毎晩のように陽斗は彼の手で下肢をひらかれて、優しく甘く責められる。けれど一向にフェロモンは発生せず、ただ闇雲に感じさせられ、終われば魂が抜けたように深い眠りに落ちる。そんな日々に、陽斗は段々と焦りのようなものを感じ始めた。  最初は、一ヶ月我慢すれば発情がこなくても解放される、その後は、光斗のことは安定し、自分は普通の生活に戻れる。そう考えていた。  しかし毎日、高梨と食事を共にし、たわいない会話をして、夜は普通の恋人でもしないような激しく深い(たわむ)れをしていると、次第に心は彼に傾いていき、いつの間にか自分にとって彼が離れがたい存在に変わってきているのに気がついて、陽斗は動揺した。

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