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第86話

 こんなつもりではなかったのに。――いや、心のどこかでは期待していたのか。彼の番になれるかもしれないことを。  彼の地位や財産に魅力を感じてしまっているのなら、自分は最低の人間だ。外見の美しさにだけ惹かれているのなら軽薄だ。運命の番という魔法にかけられているのならそこに心はない。彼の人間性に恋をしてしまっているのなら、もうそれは抵抗不可能な気がして、負けた気になってやはりちょっと落ちこんだ。  結局、自分が劣等生オメガという引け目があるのだ。  それが陽斗を素直にしてくれない。光斗のこと、仕事のこと、恋愛のこと。全部が不安定で、だから心は現状から逃げようとしている。もしかして、発情がこないのはそんなメンタルの不安定さが足を引っ張っているせいなのかもしれない。  二週間ほどをそんな様子で暮らしていると、ある日の夕刻、光斗から朗報が入った。 『じゃーん! 陽斗の知りあいの高梨さんから、オレにベストマッチングする番さんが紹介されました!』  とハートマークのスタンプと共に、スマホにメッセージがくる。 「まじで?」  陽斗はリビングでトリミング動画を観ていたのだが、すぐにそれを切った。  返事を打つのももどかしく、本人に電話をかける。 「光斗」  弟は自宅にいたらしく、BGMにテレビの音が聞こえてきた。 『あ、陽斗! 元気? 治療はどう?』  いきなり電話をしてしまったから、まずは互いの近況報告となる。光斗とは毎日簡単なメッセージのやり取りはしていたが、一応こちらの生活を手短に伝え、すぐ本題に入った。 「それで、番候補の人って?」 『ああ。あのね、今日、高梨さんの秘書の人がきて。鷺沼さんて人。その人が書類を渡してくれたんだ』

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