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第88話
毎日の買い物は、鷺沼が空いた時間に車を出してくれるので、近くのショッピングセンターで必要なものを買っている。『君が食事を作ってくれるのなら、材料費は僕が持とう』と高梨が提案し、陽斗も了承したので、支払いは鷺沼が毎回担当している。しかし何を買い物カゴに入れても文句も出ず、欲しいものはすべて購入してもらえる待遇に、いつも財布と相談しながら安売りの商品を探している陽斗はビックリしたものだった。
彼とは何もかもが違いすぎる。けれど、あの人は陽斗のすることひとつひとつに新鮮に驚いてくれる。
彼が持っているものを陽斗は持っていなくて、その反対のこともある。自分たちは住む世界がすごく違っているのに、運命の番という縁で出会ってしまった。番候補でなければ、街ですれ違うこともなかっただろう。
そう考えれば、自分がオメガとして生まれてきたことも、不思議なことに嬉しく思えてくるのだった。
今日のメニューは、オープンいなり寿司だ。昔まだ祖母が生きていたころ、誕生日などの記念日によく作ってくれた料理で、いなりの皮の中に酢飯の他に椎茸や錦糸卵、ツナやキュウリなどを少しずつつめこみ、バスケットのような形状にしたものだ。陽斗の好きな、思い出のご馳走だった。
作っている間ずっと、食べてくれる相手のことを考える。彼は喜んでくれるだろうか。美味しいと言ってくれるだろうか。
薬味たっぷりの湯豆腐と、アサリのすまし汁も一緒に作り帰りを待つ。そうしていたら、十時すぎに玄関のチャイムが鳴った。
「え?」
高梨は帰宅するときにチャイムは鳴らさない。不思議に思い、ダイニングの椅子から立ちあがる。陽斗はいぶかしみながらインターホンに出た。
「陽斗さんですか、すいませんが、鍵をあけていただけますか」
鷺沼の少し慌てた声がする。何事かと陽斗は玄関に走った。鍵をあけて扉をひらくと、驚いたことにぐったりと意識をなくした高梨が屈強な背広姿の男に背負われていた。
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