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第89話
「ど、どうしたんですか!」
慌てた陽斗に、鷺沼が冷静に答える。
「大丈夫です。心配しないでください。社長はただ寝ているだけなので」
「え、寝てる? その状態で? どこか悪いんじゃないですか」
どう見ても普通じゃない。しかし鷺沼は「いつものことです。寝落ちしてるんですよ。この人は」といって、家の中に入ってきた。そのまま男と鷺沼は階段をあがって一番奥の部屋まで進んでいく。
「社長はいつも忙しくて。しかも寝る間も惜しんで仕事をするから、時々こうやっていきなり眠りに入るんです」
「そうなんですか。健康上問題ないんですか」
「数時間眠れば、元気になって寝覚めます。健康面で心配なのは、どちらかと言えば、寝落ちするたびに驚かされる周囲の心臓のほうですね」
鷺沼はベッドに高梨を寝かせると、手早く上着を脱がせてネクタイを緩め、上がけをかけた。
「では、このまま休ませておいてください。翌朝、起きたら一応、私に連絡くださいとお伝え願えますか」
「あ、はい。わかりました」
鷺沼は陽斗によろしくと頭をさげてから、連れ立ってきた男と一緒に帰っていった。
玄関先で鷺沼らを見送った後、陽斗は高梨のことが心配で、彼の寝室に引き返した。
灯りの消えた薄暗い部屋に入ると、さっきは気づかなかったことが目につく。
高梨の自室は驚くほど簡素なつくりをしていた。
この屋敷は豪華なのに、ここだけすっぽりと彩りが抜け落ちている。窓にはカーテンさえなかった。だから月明かりで室内がよく見えたのだが、目に映ったのは、飾り気のないスチールパイプのシングルベッドと、床に直接おかれた一台のノートPCだけだった。
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