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第91話

「俺のこと、好きなの?」  小さく囁いて、答えがなくとも、どんな風にこの人が言ってくれるのか明確に想像がついてクスリと微笑む。そうしてシーツに突っ伏した。  ――発情したい。  心の底からそう感じる。  フェロモンを出したい。自分の身体を変えたい。この人のものになりたい。  こんなにも強く発情を望んだのは、生まれて初めてかもしれない。    どうして毎晩のように高梨が相手をしてくれるのに変化がないのか。なぜいつまでも頑なに過去の呪縛に囚われているのか。光斗は発情しているのに。  母親が陽斗と光斗のためを思って、発情の怖さを教えてくれていたことは理解している。死ぬまで懸命にふたりを育ててくれたことも覚えている。だから母を恨んではいない。母は母なりに、兄弟を愛してくれていたのだ。  変われないのは自分のせい。自分の中の何かが、まだ発情を拒んでいるのだ。その原因がわからなくて、だから今苦しんでいる。  手を握りしめ、鬱屈した感情をこらえていると、やがて髪にふわりと何かを感じた。  瞳をあげれば、目を覚ました高梨が陽斗の頭に手をのせている。ゆったり撫でられて、涙がこぼれそうになった。 「どうしたの?」  夜空の月にも劣らぬ輝きの銀砡がふたつ、こちらに向けられていた。髪も肌も同じように、ほのかな銀色に縁取られている。 「……何でもないです」  陽斗は乱暴に(まなじり)(ぬぐ)って立ちあがった。情けない姿を見られたくなかった。 「高梨さん、職場で倒れちゃったんですよ。鷺沼さんがここまで運んでくれたんだから」  涙をごまかすように、話題を相手に移す。 「……ああ、そっか」  高梨は前髪をかきあげた。そうして、ベッドからゆっくりと上半身をおこした。

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