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第92話
「まだ寝てたほうがいいです。全然睡眠足りてないんでしょう」
肩に手をおくと、男はその手の上に、自分の手のひらを重ねた。
「大丈夫。僕はショートスリーパーだと言っただろう。そういう風に作られているんだ。よく働けるように。だからもう眠りは足りてる」
「……そんな」
作られている、という言葉に胸が痛む。自分のことをそんな風にあらわして欲しくなかった。
眉尻をさげた陽斗に、高梨が穏やかな口調できいてくる。
「それより、お腹すいたな。今は何時なんだろう」
壁にかかったシンプルな時計は、午前一時をさしていた。
「今からでも夕食にします? 一応作ってあるけど」
「ホント? なら食べるよ」
高梨は短い睡眠で元気を取り戻したようで、身軽な様子でベッドからおりた。
そうして部屋を出る陽斗の後をついて、台所までやってくる。
「すごい。これ、君が作ったの?」
大皿に盛られたいなり寿司を見て驚きの声をあげた。
「ん」
陽斗は褒められたのが嬉しいのと気恥ずかしいのとで、短く返事をした。
「芸術品だな」
「さあ、テーブルに持っていきます。あと、俺は湯豆腐とすまし汁を仕あげますから」
ふたりで協力して、深夜に夕食の準備をする。窓の外は真っ暗で、世間の人々は皆眠っているというのに、自分たちだけは起きて活動をしている。それが何だか隠された秘密の、そして大切な時間のような気がして、陽斗の心は知らず弾んでいた。
セッティングされた料理を、いつものように高梨がスマホで写真を何枚も撮る。
「いただきます」
それからふたりで手をあわせた。
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