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第93話

「君は本当に手先が器用なんだなあ。こんなに手のこんだ料理を作れるなんて」  いなりの一番上には、型でくりぬいた小さな人参ものっている。可愛い飾りを眺めながら高梨がしみじみと言った。 「俺、こういう細かい仕事、好きなんです。きれいに丁寧に作りあげていくのが楽しくて。だからトリミングの腕も誰にも負けないつもりなんだけど」  陽斗もいなりを頬張りながら話す。実際、専門学校時代も陽斗はクラスで一番優秀な生徒だった。 「どうしてもトリマーがいいのかい? 美容師や、他の技巧的な仕事じゃなくて」 「うん。犬や猫もすごく好きだし」 「そうか」 「動物は裏切らないでしょう。特に犬は、素直で可愛いところが好きなんです」  陽斗がアサリの貝殻を取っていると、ふと、目の前の相手が黙りこくっているのに気がついた。 「……何か?」 「いや」  高梨がじっとこちらを見つめている。陽斗もきょとんと相手を見返した。 「君に飼われる犬は幸せだろうと思ってね」  その言葉に、昔自宅で飼っていた犬のことを思い出す。 「……以前は、柴のミックス犬を飼ってました。けど、老衰で死んでからは飼ってないんです。何か、可哀想で」 「そうか」  高梨は視線をテーブルに一度落とし、それからまた目をあげて言った。

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