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第113話

 高梨は高級なメニューではなくて、家庭的な料理を好む。彼は、お店で食べる手のこんだ料理は、『美味しいけれど、どこか尖っている』と言った。味つけだとか盛りつけだとか、素材の選定とかに、シェフの気概と自信、プロフェッショナルとしての責任感が満ちていると。対して家庭料理は輪郭が曖昧で、少し力の抜けた優しい味がすると言う。口に入れればホッとする、そんな料理には今まで縁がなかったのだと言っていた。 『ドラマなどで、登場人物が恋人に失敗した料理を出すシーンがあるだろう。ゴメンネ、失敗しちゃった、とか言いながら。僕はあれを最初に見たとき理解できなかったんだ。なぜ失敗したものを他人に平気で出すのか。作り直すか、買ってくるかするべきだろうと。そして出された相手が、いいよ、美味しいよ、と笑顔で食べているのを見て、さらにわからなくなった。失敗作がなぜそんなに美味しいんだと。けれど、今なら理解できる気がする。あれはきっと、金銭や褒賞の絡まない、愛情がこもった料理だったからなんだ。だから失敗作でさえ、愛おしく思えたんだ』  高梨は訳知り顔で頷いて、最終日の料理のリクエストをした。 『僕は、陽斗君が作った失敗料理が食べてみたい』    よくわからない無茶振りをされ、陽斗は呆れ顔でポカンと相手を見返した。レア・アルファの考えることは本当に不可解だ。 『狙って作れるものじゃないよ』  と説明すると、少し残念そうな顔になる。子供のようにシュンとするのを見て、陽斗は笑いそうになってしまった。失敗した料理が憧れの食べ物とは、この人は何という金持ち貴族なのか。  だから陽斗は今まで作ったことのない料理に挑戦することにした。結果が見えなければ、失敗する確率も高いだろうから。 「土鍋で炊いた(たい)飯でいいかな。土鍋でコメ炊くのは初めてだし。あとは、副菜に何か……。よし、冷蔵庫を確認してみるか」  そろそろ台所に移動しようかと考えて立ちあがったら、ポケットのスマホが着信音を鳴らした。

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