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第129話

「ごめんな、さ……」  高梨が陽斗の頬に触れてくる。その手の甲には血が(にじ)んでいた。ボディガードを押さえこんだときに怪我をしたのかと考えて、向かいの壁に血の跡がついていることに気がついた。  多分、高梨は、光斗のフェロモンに誘われてここまできてしまい、けれど我慢を強いるために、壁を殴りつけたのだ。自身の欲情を抑えて正気を保つため、あえて手に怪我を負わせて。 「もう遅い」  高梨からもフェロモンが放出されている。甘く刺激的な、彼自身の香り。それを嗅ぎながら、陽斗は泣きたくなった。 「お願い、出ていって。光斗を放っておいて」 「わかってるよ」  口ではそう言いながら、まったく出ていく気配はない。高梨の目は部屋の中の一点を見つめていた。光斗の寝ているベッドを。 「高梨さん、頼むから。光斗を襲わないで」 「そんなことするもんか」  高梨の目に、陽斗は映っていない。燃えるような眼差しは、発情するオメガのみを捕らえている。 「お願いだから、光斗を見ないでよ」  陽斗は相手に縋って懇願した。どうやってこの人を引き留めたらいいのかわからなくて、ただ闇雲に胸を叩いて押し戻す。けれど高梨はものともせず、一歩、また一歩、ベッドへと近づいていく。  振り返れば、光斗も熱に浮かされた顔でベッドをおりて、こちらに向かって歩いてきていた。  ふたりの濃厚なフェロモンが混ざりあい、陽斗の胸を圧迫する。  光斗は下半身を()き出しにしていた。

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